第5章 惑いの往く末
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「ん………。」
温もりが離れたことを薄れかけていた意識の裾にとらえ、ヴァリスはゆっくりと瞼をひらいた。
ぱち、………ぱち、と数回瞬いて、眼前を覆う霧を払う。
ぼんやりとしたまま起き上がり視線をさ迷わせる。
いつの間にか夜着を身に纏っていて、そして隣にいた筈の彼は。
(……ベリアンは仕事に戻ったんだ)
胸に乾いた風が吹いた。
それが寂しいという感情なのだと一拍遅れて気づき、思わず胸を押える。
(ううん、大丈夫よ)
半ばしたたかに上塗りつつ、寝台の上に横座りして長靴に足を収める。
鏡の前に降り立つと、自分の姿をみつめた。大嫌いな自分の姿を。
(いつになったらこの姿を赦せるのかな)
リラを知る人々から、口を揃えて母に生き写しだと言われるこの容姿。
けれどヴァリスはこの姿を賞賛される度に、胸の痛みを感じていた。
彼女は鏡のなかの自分を睨み付けた。
青灰色の髪も青い瞳も母の容姿を写し取ったようだと云われ、
この身を縛るあの奇病と相まって、彼女をより頼りなく見せていた。
(きっと戒めなんだよ)
両親を苦しめ続けた自分を好きになれる筈がない。
唇をかんで過去を繙いた。胸の痛みを受け止めてふたりの姿を思考に載せる。
いつだって冷たく残酷だった父と、娘をみつめる度に何処か怯えたような眼をしていた母を。
整っていた父の顔が憎しみに歪み、狂ったように娘を詰る。
血走った眼で睨み付ける父のそれが眼前に甦るようで、慌てて首を振った。
(忘れてないから。だから……私を、)
許さないままでいて。瞑目して祈るように指を組み合わせる。
両親のことを、忘れてはならないあの夜のことを、
ヴァリスはどんなに怖くとも時折思い出すようにしていた。
瞼をとじれば過去が眼裏に映し出される。
古い日記を読み返すように、そこに在る感情を伴って。
甦ってくるあの日の痛み。知らないままでいたかったふたりの本心。
その全てを抱いて、背負って。
温もりが離れたことを薄れかけていた意識の裾にとらえ、ヴァリスはゆっくりと瞼をひらいた。
ぱち、………ぱち、と数回瞬いて、眼前を覆う霧を払う。
ぼんやりとしたまま起き上がり視線をさ迷わせる。
いつの間にか夜着を身に纏っていて、そして隣にいた筈の彼は。
(……ベリアンは仕事に戻ったんだ)
胸に乾いた風が吹いた。
それが寂しいという感情なのだと一拍遅れて気づき、思わず胸を押える。
(ううん、大丈夫よ)
半ばしたたかに上塗りつつ、寝台の上に横座りして長靴に足を収める。
鏡の前に降り立つと、自分の姿をみつめた。大嫌いな自分の姿を。
(いつになったらこの姿を赦せるのかな)
リラを知る人々から、口を揃えて母に生き写しだと言われるこの容姿。
けれどヴァリスはこの姿を賞賛される度に、胸の痛みを感じていた。
彼女は鏡のなかの自分を睨み付けた。
青灰色の髪も青い瞳も母の容姿を写し取ったようだと云われ、
この身を縛るあの奇病と相まって、彼女をより頼りなく見せていた。
(きっと戒めなんだよ)
両親を苦しめ続けた自分を好きになれる筈がない。
唇をかんで過去を繙いた。胸の痛みを受け止めてふたりの姿を思考に載せる。
いつだって冷たく残酷だった父と、娘をみつめる度に何処か怯えたような眼をしていた母を。
整っていた父の顔が憎しみに歪み、狂ったように娘を詰る。
血走った眼で睨み付ける父のそれが眼前に甦るようで、慌てて首を振った。
(忘れてないから。だから……私を、)
許さないままでいて。瞑目して祈るように指を組み合わせる。
両親のことを、忘れてはならないあの夜のことを、
ヴァリスはどんなに怖くとも時折思い出すようにしていた。
瞼をとじれば過去が眼裏に映し出される。
古い日記を読み返すように、そこに在る感情を伴って。
甦ってくるあの日の痛み。知らないままでいたかったふたりの本心。
その全てを抱いて、背負って。