貴方に捧げる、ふたつの心


 アモノの街北西で起こった戦闘は、正式に『セーピア』撃滅戦として魔都フェズジークの民達にも伝わった。
 本日のメインイベントは、フェズジークの広場にて行われる魔王アレスの傭兵部隊壊滅に関する演説である。この場を持って正式に、ウィアスは魔王軍への配属を発表され、そしてゼトアとの婚姻を報告されるのだ。
 牢獄から出されてからすぐに召喚のために前線へ移動してしまったために、軍部への配属自体は本日付けであった。だが既に情報の早い街の者達の間では、『どうやら凄い召喚士が味方に付いたらしい』という噂話で持ち切りらしい。そこに魔将との熱愛が重なれば、どれだけの尾鰭が付くかわかったものではない。
「城下の者達の反応を見るのが楽しみだ」
 ウィアスの心配等よそに、ゼトアはくっくと喉の奥で笑っている。ウィアスとゼトアは二人で、メイン会場の広場の裏側に設営された軍の待機場所で出番を待っている状態だ。布で遮られた空間で、座り心地の悪い硬いイスに座っている。仮設スペースなのだから文句は言えない。
 つい先程。魔王が演説の準備のために奥に消えたので、今は完全に二人きり。仮設の仕切りの向こうでは、警備にあたる兵士達の影が見えるが、皆二人に遠慮してかかなりの距離を取られているのがわかる。
「軍の方達の反応も凄かったですからね。貴方がどれだけ女性に興味がなかったのかが、心底わかりました……」
「……あそこまで露骨だとは、俺も思わなかった」
 正式の発表の前に、軍の幹部、そしてこの場所を警護する者達にだけは先に報告を済ませたのだが、その反応は二人の想像以上だった。中には「本当にウィアス様は女性、なのですか?」と信じられないものを見るような目で聞いてきた者までいたのだ。 
 ヘルガの存在は最高機密なので黙っていた。どうやらヘルガの意識が表面化していないと、ウィアスの顔には彼の表情は出ないらしい。そのため周りにはまだバレてはいないはずだが、鋭すぎるその指摘に、ウィアスは違う意味で笑いを堪えるのに困ったのだった。
 ちなみに軍でのウィアスの階級は、ゼトアと同じく魔将と呼ばれる位置になるらしい。魔王直属の幹部である。若い、ましてや霊獣の娘に務まる地位ではないと抗議したが、「たまたま今は空席だった。問題ない」と魔王に笑われて終わってしまった。
「……貴方にふさわしい軍人になるために、頑張ります」
 イスに座ったまま意気込むウィアスに、ゼトアは笑った。部下の前では絶対に見せない優しい笑み。ウィアスのためだけの、特別だ。
「まずは二人での生活からだ。お預けも今夜で、終わりかな?」
 アモノの街での戦闘が終わり、二人は行きと同じく空路で即魔都へと戻った。ほとんどゼトアは休む間もなく報告と後始末を終えて、なんとかこの演説に間に合わせたのだ。まだあの戦闘から二日と経っていない。
「どうか、お手柔らかに」
 少し照れながらウィアスがそう言うと、ゼトアの表情に悪戯な笑みが混ざった。
「それは、今日の民達への挨拶の出来次第かな」
「もう、私の夫は意地悪ですね」
 くすくす笑っていたらゼトアがイスから立ち上がった。仕切りの向こうに意識を向ける。誰かが呼びに来た様子はない。
 真正面に立ったゼトアが屈んだので、ウィアスもそれに合わせて顔を向ける。優しいキスを落される。それは幸せな夫婦の時間。
 考えていた挨拶の言葉が吹き飛びそうになりながら、それでもウィアスはこの幸せを何よりも大事なものとして心に刻むのだった。
 魔王アレスの演説が始まり沸く広場の声を聞きながら、この時をギリギリまで楽しんでいた。





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