季節物短編


 ラジオは勉強のお供だって、気付いた奴は天才だと思う。
 親がもう時代遅れだとかなんだとか言いながら物置に放り込んでいたラジカセを興味本位で深夜に流したが最後、それから俺の勉強のお供はCDからラジオに時代を逆行した。
 高校受験を控えた俺の部屋には、両親が来ることはほとんどない。深夜、どれだけ音楽を流そうが声を上げようが、親が俺の『邪魔』をしに来ることはなかった。親は俺の『勉強の邪魔』をしないように、細心の注意を払っている。
 狙っている高校がそれなりにレベルの高い私立だから、と言えば聞こえは良い。だが、両親<あいつら>がこんなにも『協力的』なのは、俺をその高校に入学<縛り付けたい>だけだからだ。
 この辺りの人間ならば誰もが名前を知っている有名私立高校に入学した息子という肩書が欲しいのだ。それを小学校の段階で汲めなかった為に努力が中学二年生の今からになってしまったのは申し訳ないが、両親がその気ならば俺もそれに乗ってやっても良いかと思っている。
 幸い、勉強は苦手ではない。小学校の頃からしている野球や喧嘩の方が得意なのは認めるが、勉強だって苦手ではない。野球はレギュラー、喧嘩は誰にも負けないレベル。その二つに少し劣って勉強は、志望校への入学は確実と太鼓判を押されたくらいだ。
 だから毎夜続けるこの深夜の勉強も、ほとんど暇潰しみたいなものだ。今は受験勉強の為に、親や学校から部活も喧嘩も取り上げられているから仕方がない。やることがないから、勉強をしているだけ。
 自分には出来ないことは何もないと考えているが、流石にそれでも高校くらいは出ておかないと、これからの『人生』というゲームが少し難しくなるということはわかっている。だからつまらない場所なのは百も承知で高校を目指す。
 そんなテンションで電源を入れたラジオだったが、声だけで物事を伝えるメディアというのも案外悪くないと素直に思えた。最初は流行りの曲を流すチャンネルを聞いていたが、今のブームは都市伝説のような眉唾物の話だった。
 なかでも先週流れていた話――受験勉強の範囲にも被る生物学の分野の話が面白くて、俺はまたその話やそれに似たような話題が流れないかと楽しみにしながら、同じチャンネルを毎日聞いているのだった。
『はーい。今夜のテーマは先週も取り上げました、人間のクローンの話。リスナーの皆さんも、けっこう興味深かったんじゃないですかー?』
 陽気な声が伝えるテーマに、俺は待ってましたと歓声を上げる。ついでに両手も何度か打ち鳴らして、気分はまるで逆転ホームランのように爽快だ。
 狭い一人部屋を包み込むには多分余計なくらいの音量でラジオを楽しんでも、神経質過ぎる両親が口を出してくることはない。両親にとっての『正しいこと』は、近所への迷惑を考える息子ではなく、志望校へちゃんと入学する息子だ。
――ま、俺くらい優秀な息子やからこそ? これだけ放任してもらえてるんやろけどー?
 ニシシと零れた笑いを抑えることなく、いい気持ちのまま待ち望んでいたテーマに耳を傾ける。
 人間のクローン研究は倫理的な問題でタブー視こそされているものの、やはり研究者達の心を掴む怪しい魅力に満ちているのだろう。ラジオという公共の電波の上で伝えられる人間のクローン技術<夢物語>は、声高々に移植を待つ人への臓器提供の為の研究だとか謳っている。
 本当にそうだろうか?
 生命の……いや、この世に神がいたとしたら神を、いなかったとしても生き物の理に反する、そんな夢物語を、ただ……臓器の提供の為だけに使用すると、いったい誰が思う?
――人のコピーを生み出す研究なんやろ? そんな技術があるのなら、『優秀な人間』をたくさん生み出して、それでこの世を占めてしまえばエエやん。なんでそんな……簡単なことが皆、わからんねん?
 優秀な……例えば俺みたいな人間を、たくさん……
『クローンは簡単に言えばコピーですが、コピーと言ってもそのままの人間がそのままの年齢で分裂するみたいに増えるわけじゃありませんからね。一般的な赤ちゃんと同じように産まれるところからスタートですから、オリジナルとの年齢の開きは出てきてしまいます』
 もう参考書には注意が向かない。頭の中はクローン技術……いや、『優秀な人間』の増やし方でいっぱいだ。
 白紙に近いノートにシャーペンで走り書き。必要なものは、金、研究施設、そして科学者。そのどれもが現実的ではないので却下。あいにく理系の道には今からは進めそうにないので、そんな努力をこれからするくらいならば、将来その道に向かいそうな人間を入学したその先で捕まえた方が早い。
 現実的ではないのは、『今』だけだ。将来、大人になったタイミングで自分の身近にそういう存在を置くことは出来る。人間の『使い方』には精通しているつもりだ。
 だが、物事とはことわざにもあるように『善は急げ』である。俺は今、『優秀な人間』である自分のコピーが、『今』欲しいのだ。
 思考に沈み込む頭とは別に、手は走り書きを続ける。無感情に、冷静に、ただ物事を理解する為に動き続ける。
 必要なものは、女、そして遺伝子。
「あー、そっか……女がいるわ」
 呟いた拍子に付き合っている女のベッドでの醜態が浮かんだが、今のこの興奮には遠く及ばなかった。大きく揺れる胸も、誰もが羨む顔面も、締まった腰も、『俺のコピー』を生み出すことは出来ないのだから。必要なのは『俺に出来る限り近い遺伝子』を持つ『女』。
 思い立ったら即行動。善は急げを忠実に。ラジオの電源を落とすことも忘れて、俺は自室の扉を開けて、既に寝静まっている両親の寝室の扉を力任せに叩く。
「なー、母さん。俺に妹作ってや」
 青い顔をした両親が扉を開けるまで、俺は興奮に任せて叩き続けていた。



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