第三章 砂漠横断


 夜になり、船は砂漠の廃れた小さな港に辿り着いた。
 船と中の死体達を予めこの場所にスタンバイしていた本部の人間に任せ、ここからは徒歩で移動する。数時間かけて砂漠の薔薇へと向かうのだ。
 この地方特有の激しい砂嵐に紛れるようにして、クリス達五人は砂漠を行軍する。
 薄い雲によって月明かりが度々遮断され、辺りは淡い闇に包まれていた。微かに明るい夜空には、月に負けず劣らずの美しい星達が煌めいている。その光達が吸い込まれる地平線の彼方に、一つの黒い塊が見えた。これこそがデザートローズであり、後数時間歩いたら到着する目的地であった。
 砂漠の夜は寒く、そして物騒だ。
 南部地方の大半を占めるこの広大な砂漠地帯は、商人達からは死の土地だと言われている。渇ききった大地という意味もあるが、その一番の由来はこの地を徘徊する者達だ。
 古の時代、今より高度な技術を持っていたとされる先人達の遺産である古代兵器達が、主亡き今もこの地をうろついているのだ。稀少な材質で組まれたその骨格には、どんな斬撃も通用せず、魔の力に頼ろうにも、この地を吹き乱れる魔力を通さない砂嵐により無効化されてしまう。
 その為に商人達は、外敵を確認出来る昼間しか行動せず、城門が完全に閉まることから、夜間の門周辺自体の警戒は緩い。夜の間に城門からさほど離れていないアジトに身を潜め、潜入の準備をする予定だ。
 五人はヤートを中心に先頭をクリス、ヤートの右隣にレイル、左にルーク、そして後ろにロックという隊列で進んでいる。
 この人間という種を寄せつけない死の砂漠は、非常に獰猛な野生モンスターも棲息しており、ヤートの身を守る為にフェンリルが周りを固めているのだ。一応、捕虜の逃亡を防ぐという意味もあるが。
 吹き荒ぶ砂嵐のせいで、皆の口数はかなり少ない。油断して口を開くとすぐに砂が入り込んでくる。港で用意したゴーグルと深いフードのついたコートが無ければ、視界の悪さと寒さですぐに行動不能になっていただろう。
 ルークはこの砂漠の予想以上の環境に驚いていた。
 フェンリルは個人の能力の高さから、単体での任務も多い。ルークは行きは海路を使って先程の港で合流したため、この砂漠を横断するのは初めてだった。
 噂に聞く古代兵器やらとは、絶対にやり合いたくない。この視界の悪さでは銃の命中精度が下がるだけではなく、舞い散る砂によって銃自体が故障する可能性も出てくる。氷結魔法も効果がないこの状況は、不安以外の何物でもなかった。砂漠での戦闘要員であるレイルの荷物持ちくらいしか出来ない自分が不甲斐無い。
 ロックも後ろでつまらなそうに歩いている。彼の背中には、今回は使えそうにない大型銃器が鞄に収納されて背負われていた。かなり重いはずなのに、いつも彼は軽々と扱っている。
 ルークは、ホルスターに厳重にしまってある拳銃に手を掛け深呼吸する。愛用の武器を恋人のように扱うのは、この業界では珍しくない。
 ルークは露出している銃のグリップを優しく撫で上げ、自身の心を落ち着かせた。気を取り直して顔を上げると、冷たい凍り付くような空気がルークを襲った。
 砂漠の冷気ではなく、殺気。砂嵐の先にゆらりと立つ大きな影。
 先頭を歩くクリスが立ち止まった。刀を抜こうとした彼の横を、それより先にレイルが駆け抜ける。
 目の前に出現した影――巨大なムカデのような生物に、彼女は何の躊躇いもなく切り掛かった。地を蹴るのと抜刀はほぼ同時。全ての動きが目にも止まらないスピードだ。さすがはフェンリル最速の女。
 数回流れるように切り刻み、彼女はすっと獲物から離れる。ムカデは倒れることなくその場で威嚇の動作をとっていた。暗くて良くは見えないが、鱗のような硬質な表皮には、傷一つ付いていない。これではクリスの刀でも結果は同じだろう。
 レイルは一瞬だけこちらを――ヤートさん、か――を見ると、もう一度ムカデに向かって踏み込む。今度は両手の剣に雷を纏わせている。隣でヤートが驚く気配があった。
 無理もない。魔の力の全てを遮断するこの土地で、あのような雷が生み出せる訳がないのだ。
 雷により切れ味が強化された剣により、ムカデは綺麗に四等分されて倒れた。軽く息をついてから、レイルが戻ってくる。
 隣のヤートを見てみると、何か問いたげな瞳で戻って来たレイルを見ていた。
 ルークは彼の目の前で片手をヒラヒラさせる。こちらを見たヤートに、話は後で、という意味で肩を竦める仕種を見せた。ヤートも納得したようで、先を進み出したクリスの後に続いて歩き出した。
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