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闇夜に輝く月のように


 炊事や掃除といった家事に抵抗も苦手意識もなかった自分が、この時ばかりは誇らしかった。
 一人暮らしを始めてから時も経っているので、仕事から帰って自炊をする生活にも慣れている。休日には毎週部屋を簡単にでも掃除するし、そもそも散らかる原因の小物は元彼の私物の方が多いくらいだ。
 仕事に向かう今朝も仕事帰りに着替えに帰った夕方も、特に散らかすこともしなかった。なので初めて銀一を招くこの部屋は、秋月の生活サイクル的には“最高”の状態であると言えた。
 洗濯物も夕方の段階で取り入れており、服もちゃんと畳んでしまってある。下着なんて尚更。レストランの後に泊りに来たいと元彼が言い出す可能性を考慮して片付けただけなのだが、それがまさかこんな形で活きるとは、なんとも皮肉なことだった。
「ど……どうぞ。狭いけど……」
「お邪魔します」
 遠慮がちに玄関の扉を開けて、恥ずかしさからついモジモジしてしまう秋月。それを見て銀一は短く断りを入れてから中に入った。彼の背を追うように玄関に引っ込み、秋月は高鳴る心臓に蓋をするように扉を閉める。
 玄関にて靴を脱いで、電気を点けて、部屋の主である秋月がひとつしかない生活スペースである寝室兼リビングへ案内する。途中のトイレと風呂の扉に触れようとして、赤面しそうだったからスルーして、それすらも見透かされていたようで、背後からクスクスと笑われてしまった。
「えっと……ここが、私の部屋、です……」
 禁止されていた敬語が出るくらいには緊張していた。あまり部屋に友達を呼ぶという習慣が学生時代からなかった秋月は、一人暮らしのこの部屋には、元彼以外入れたことがない。もちろん両親は何度か来たことがあるが、それはカウントには入れないものだろう。
「趣味が良い部屋やな。正直……ないとは思ってたけど、ピンク一色の部屋とかやとどうしようか思った」
 彼なりの冗談だと気付いて、秋月はそこで漸く緊張が解ける。
――良かった。変な部屋、ちゃうんや。
 自分の趣味だけで選んだインテリアが客観的に見てどうなのかがわからなかったので不安だったが、どうやら問題なかったらしい。量販店で買って来た白物家電に合わせて、秋月の部屋は清潔な白を基調としたインテリアで纏めている。
「さすがにそれは、私……地味やから」
 秋月も自分なりに冗談を言った。それはちゃんと彼に伝わり、「俺には輝いて見える」とまた抱き締められる。
 狭い自室に、二人きり。そんな現実が、彼の体温を感じることでより濃厚に秋月に意識させてくる。
 寝室を兼ねている生活スペースが狭いのは、ベッドが主な原因で、次点に挙げられるのは元彼の私物の多さであろう。
 銀一がこの部屋に来た『理由』はそれで、でも……秋月が彼を招いた理由は違うのだ。だって……片付けなんてもう、一人で出来るから。
――うん。もう、一人で出来る。きっと……
 振られたままこの家に帰り付いていたとしたら、きっと悲しみで手が動くことはなかっただろう。散らばる元彼の私物を手に取る度に、涙が溢れ、声を殺し、そして……その手は止まっていただろう。どこかで『この私物が無くならない限り、この絆は消えない』と言い聞かせるようにして。
「私にも……銀一が、輝いて見える。私らって、名前まで似た者同士なんかも」
「……銀に、月やから? 『月の輝き』は、俺が一番好きな景色や」
 そう言って、彼にまたキスを落とされた。最初は触れるだけの、確かめるようなそれが、だんだんと深くなっていく。外でされた初めてのキスとは違う。お互いを求める、心が丸裸になる口づけだった。
「ん……」
 たまらず腰が抜けそうになる秋月を、銀一が優しく腰に手を回して支えてくれる。ゆっくりとベッドに腰を下ろされて、二人でそのまま倒れ込む。一度触れ合ってしまえば最後、もう磁力のように離れることが困難になっていた。
 それ程までに、二人でいることが自然に思える。触れ合う場所全てが熱を持ったように熱くなり、愛おしい衝動として心をじんと満たしていく。それは秋月だけでなく、銀一も同じだった。秋月にもわかるくらい、彼の瞳も熱を帯びている。
「甘い声、俺以外には聞かせんな。好きや。秋月」
「わ、私も……好き。銀一が……好き」
 肯定の返事でも、たっぷりと時間をかけてしまう。そんな秋月のことなんて銀一はお見通しで。秋月が恥ずかしがりながらも伝える様を、わざとその鋭い瞳で見詰めてくるのだ。それがわざとだとは、秋月にだってわかっている。
「意地悪……」
 小さく呟いた秋月の言葉に、銀一は予想外に苦い顔をした。違う、そんな顔をして欲しくて言った言葉じゃない。意地悪って、そういう意味じゃ……
「余裕あるふりはもう、無理や」
 慌ててしまった秋月を宥めるように頭を撫でてから、呟かれた言葉はこれまた予想外で、でも……なんとも彼らしい言葉で安心した。
――付き合うのも初めてって言ってたもんな。遊びとかでする人じゃないのは、私が一番わかってる……
「私だって……全然慣れてないから……上手く出来るか心配で……」
 彼に倣って秋月もちゃんと白状する。それは事実だった。初体験は元彼と済ませはしていたが、その行為自体を好きになれる程、秋月は没頭することが出来ないでいた。その原因が何なのかすらも、わからないし考えないようにしていたくらいに。
「……セックスに上手いとかって、あるんか? 愛する人とすることに、失敗も何もないやろ」
 ふっと笑ってそう言ってから、やや間を空けて「……これ、誰にも言うなよ。多分『童貞っぽい』って笑われる」とまた冗談を挟んでくれた。
「ん。秘密」
 指切りの形で絡まった指先が、次第にどっぷりと絡まり合っていく。何度目かもわからないキスを交わしてから、銀一が「……まずは風呂、か?」と手順でも確認するかのように尋ねてくるものだから、思わずその端正な顔立ちに向かって噴き出してしまった。
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