東の香りは罪の味
複数の人の話し声に、リーファは目を覚ました。
酷く痛む頭にうめき声を上げそうになって、満足にその声が自身の喉から零れないことに気付いて、リーファはあの『悪夢』が悪い夢ではなかったのだと悟った。
相変わらずぴくりとも動かない身体。おまけに酷く寒い。しかし寒さに凍えるその身体には、震える程の余裕すらなかった。
固定されてしまった視界の中に、人影がちらりと映り込む。闇を纏ったような漆黒のその人影達は、どうやら四人の男女のようだ。顔は隠していないので、辛うじて判別は出来る。その内の一人の男が、転がったままだったリティストの頭部を拾い上げた。
「あーあ、リティストの野郎しくじったのかよ。男前だったのになー」
「仕方ねえよ。南部の軍がうろついてたらしい。あいつ、頭は賢いけど戦闘自体はイマイチだったからな」
「ちっ……凄腕の軍人がいるってわかってたら、私らが直接出向いてたのによ……わざわざ地の利を利用出来る地層壁までおびき寄せたみたいだが……麻薬も全部回収された後じゃねえか……くそが」
「お前ら、愚痴を言っても仕方ないだろ。リティストの身体と麻薬の元であるこの草花を回収して、さっさと戻るぞ」
ピシャリとリティストの頭部を持った男が注意すると、残りの三人は大人しく、しかしだらけきった態度で周囲を漁り始めた。
――全員が漆黒のジャケットに、先生のこと知っている感じ……もしかして、特務部隊?
リーファがそこまで考えたところで、二対の瞳がこちらを見ていることに気付いた。蒼と緑の美しい瞳。四人の内の二人――頭部を持っていた人間とは別の男と女だ――が、にやりと悪い笑みを顔に貼り付けながらこちらに歩み寄ってくる。
「おい、リーダー。ここにまだ生きてる女がいるぜ」
「その上の男も意識はないけど、まだ生きてるな」
軍人ですら嗅ぎ取れなかったその微かな生の匂いを、彼等はしっかりと嗅ぎ取っていた。それは正しく狂犬並の鼻。生と死の狭間に生きる、幽鬼の如き嗅覚である。
「なあ、リーダー。この女、持って帰って良い? 私、こいつの目、気に入ったわ」
「あーずりぃ! それだったら俺も、この男の子持って帰って良いだろ? 鍛えた筋肉、好きなんだわー」
「……お前らは言い出したら聞かないからな。構いはしないが、本部には隠し通せよ? この街には俺達の敵が多い」
「りょーかいりょーかい」
「リーダーってば話がわかるー」
そんなやり取りが続いてから、いきなりリーファの身体が持ち上げられた。いや、持ち上げたのが小柄な女だったため、中途半端に引き摺られている。地面にそのまま擦り付けられている傷口からの痛みが極限に強まり、リーファの口から血の塊と共に苦悶の声が零れた。
「怪我したら痛いもんなんだから我慢しろよー。お前、運が良いな。私に拾われなかったら、この温室ごと証拠隠滅のために焼き殺されてたぜ。何があったか知らねえけどよ。生きてりゃそのうち、イイことあるもんだぜ」
そう嘯く彼女の姿を見上げることは出来ない。だが地面に落ちる彼女達の影は、闇に溶け込んだ漆黒を全身に纏った悪意そのものの姿だった。その姿にどこか安らぎを覚える程には、リーファの心はこの一日でズタズタに引き裂かれていたのだろう。
――わからない。もう、何も、何が真実なのか。わからない。あたしには。
引き裂かれた心と身体から、何か大事なものが零れ落ちていってしまったようなリーファのことを、漆黒の四人組は軍用車両のトランクにオリエンスの『残骸』ごと放り込んだ。放り込まれた衝撃で、胸ポケットから二つの贈り物が零れ落ちる。
小さな、大切にしなければならない箱と、それよりは少し大きな袋だった。金具で蓋を止められた箱には代わり映えはなかったが、袋の方はトランクへの着地の衝撃により中身が漏れ出る。今では忌まわしき色となったその碧に交じって、四つ折りの紙がパサリとリーファの前に広がった。
『前金は確認済。オリエンスを受け取り後、残りの代金を用意されたし。リーファ・クライ』
――もう、どうでも良い。
リーファは、目の前の情報を認識することを放棄した。拒絶の感情に任せるように、その瞳を閉じる。続けて隣に放り込まれたグロウの身体の暖かさに、リーファは動かない身体に代わりせめてもの救いと、その心を寄り添わせるのだった。
END