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 美味い茶でも飲みたいなぁ、とぼやかれて、彼に懸想してしょうがない女が、その要望に応えないわけにいかなかった。別に彼が、暗に私へ「美味い茶を持ってきてくれ」と言ったわけじゃない。幹部昇格試験をたった一人で切り盛りしなければならず、幹部詰所から気軽に出歩けない彼が呟いた本音というだけだ。
 それでもその一言は、幹部詰所へせっせと物資を差し入れする私のお尻に、燃え盛るような大火を付けた。
 絶対に彼の期待に応えたい。諜報業務で割にハイラルの各地へ行く機会がある私は、正に東奔西走して美味しいお茶を探し回った。
 あるときは極寒のヘブラへ赴き、あるときはリゾートのウオトリーへ赴き、遠いところで火山地帯のオルディンにまで赴いた。特殊な地域に行けばそれだけ製造にこだわった珍しいお茶が手に入ると思ったのだ。
 けれどそれは私の思い込み。それら全ての地域でお茶文化が存在していなかったなんて、実際に尋ねなければ知る由も無かったんだもの。

 しょんぼりしながら、帰りの道中にとある村へ立ち寄った。まるで隠れ里のように大きな谷間へ築かれたシーカー族の村で、イーガ団の成り立ちとも深く関わっているという。
 末端構成員の私には詳細が語られないけれど、直属の上司からは「様子を見てくるように」というお達しも頂いていたので、外回りの度に訪れているわりと馴染みの場所だった。
 いつもだったらグルリと一回りした後、村の特産だというニンジンとカボチャだけ購入して帰るのだけれど、今回は気まぐれを起こし、疲れ切った旅人という体で一泊することを決めた。

「最近、観光の人が増えてるんですよ。ゾナウ遺跡のおかげでねぇ」

 宿の主人とは、じわじわとした暑い日に軒先へ水を撒いているところを見かけたことがあったくらいで、まともに喋るのはこれが初めてだ。
 諜報の基本として、そうなんですか、と人懐こい笑みを浮かべながら受付を済ませ、宿の椅子に腰かける。後で夕飯の材料を買いに行かなければならないが、このとき朝から歩きどおしだったので、今しばらく休憩したかった。
 背中を丸めて疲労を逃していると、宿の主人が「これどうぞ」と机の上にコトリと何かを置いた。
 視線だけを向ければ、机の上に湯呑が置いてある。──湯呑?ぐったりと首を寝かせていた私はその途端に起き上がり湯呑を上から覗き込む。
 灰白色の陶磁の中には透き通った若草色の液体が湛えられていて、湯気を吸いこんだ折に爽やかな若芽のような香りと、華やかなお花の香りが芳しかった。まだ一口も飲んでいないのに、その香りだけでも「美味しい」と確信して、アツアツに熱された湯呑を掴み、傾ける。唐突に口の中へ流れ込むお茶でしっかりと火傷をしながらも、鼻から抜ける初夏のような空気を内包した茶の魅力に、しっかりと心が和んだ。

「これ!これください!」

 思わず口から出た言葉に「うちはよろず屋じゃないからさ」と笑われて、私はいつもの小売店へと走っていった。



「おお!ありがとう、こんな良いお茶を!恩に着るよ!」

 いつもの補給物資に紛れて「これ、良かったら」と渡したら、彼は拳を握って喜んでくれた。

「いえ、いいんです。たまたま寄った村で、なんとなく手に入ったものなので、お口に合えば良いんですが」
「これカカリコ村のお茶だろう?あすこは茶が美味いって評判で、私も大好きでな。本当に恩に着る。これで暫く休憩時間が楽しくなるよ」
「いえいえ、そんなそんな」

 まさかカカリコ村がお茶の産地とは知らなかった。最初に彼へ聞いておけば、ヘブラへ行ったりウオトリーへ行ったりオルディンへ行ったり、ここまで東奔西走しなくて良かったのかも。でも良いんだ。彼が喜んでくれればそれで。
 彼のぽつと呟いたセリフを皮切りに始まった大捜索は、これにて幕引きになりそうだ。傍目から見ていても分かるくらい幹部さんが喜んでくれて本当に良かった。
 食材や装束の着替え、本拠で任された書簡などを渡しきった私は、「では、これで」と頭を下げ、詰所を去ろうとする。
 のを、「あ、ちょっと待ってくれ」と背中にかかった彼の声が止めた。

「せっかくだから、お茶を飲んでいかないか?少し休んでいくと良い」
「え、でも・・・・・・」
「君が持ってきたものなんだ。飲む権利がある。少し待っていなさい、奥で淹れてくるから」

 それだけ言い残して、彼は奥に続く木扉を抜けて行ってしまった。
 音もなく、岩壁に挟まれた幹部詰所は薄暗くて、たった一人で残される分には些か居心地が悪い。でも彼が今まさに、私のためにお茶を淹れてくれている。普段は物資の受け渡しだけして、すぐさま解散となってしまうのに、まだここへ残って良いなんて!

 ああ神様、厄災様、コーガ様。お茶のために頑張って良かった。緩んで仕方ない表情筋を窘めることもせず、私は拳を握って大きく天井に向けて万歳をした。

 よし、今度はもっと長く居座れるように、クッキーでも作って持って来よう!彼に近づくための、新しい計画が始まった瞬間だ。最高級の材料を得るために、ヘブラで小麦粉、ハテノに卵と砂糖、オルディンに岩塩でも採りに行こうかしら。大丈夫大丈夫。東奔西走なんて、この頃随分慣れましたから。
彼がお茶を片手に戻ってくる寸暇、初夏のにおいとハイラルの景色が、私をまた大捜索へと駆り立てるのだ。
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