【ss】補給班幹部と飯炊き番の日常(非エロ)


 今まさに新たな一年を迎えようとしている、大晦日の晩。
 この世の成り立ちにすら刃を翳すイーガにも、年の瀬は等しくやってくる。季節感、ひいては時間の感覚さえ薄い集団ではあるが、さすがに大晦日は別格だ。岩戸内に暮れ独特の空気が満ち、心ここにあらず、とそわつく瞬間が一日の内に何度も訪れる。
 なんといっても、団員たちの心を占めるのは晩に催される宴だろうか。一年のうちでもっとも豪勢な食事と、趣向品として飲む機会の少ない酒もずらりと卓に並ぶ。更には我らの主食ともいえるツルギバナナでさえ、ご自由にどうぞとばかりに山を作る。
 なにかと度々宴会を催す集団ではあるが、この日だけはアジト内にいる団員のほとんどが食堂に会し、飲めや歌えの大騒ぎとなるのだ。

 一年の節目を迎えるだけだ。とはいえ、皆一様に心機一転して「来年は良い年になりますように」と祈りを捧げるのだから、大晦日は一年のうちでも特別な日なのだなと、しみじみ考える。
 もちろん、食材の補給業務に携わっている俺にとっても同様であり、大晦日、並びに新年までの日が近づくにつれ、浮つく気持ちに拍車がかかる一方であった。

 しかし、それも今となっては過去のこと。厳密に言えば、数日前に守衛の任務を言い渡されるまでの俺である。
 今はとにかく大晦日が、いや宴会を催す団員たちが憎くて憎くて仕方ない。

 俺は大晦日のこの日、アジトの玄関口で仁王立ちしながら、動く気配のない乾いた木戸をじっと睨みつけていた。
 ここは、この世の成り立ちにすら刃を向けるイーガの本拠地である。大晦日だろうと侵入を試みる不埒者がやってくる可能性も全く0じゃない。鍵をかけておけば良いというものでもなく、一年で一番騒がしく宴会が開かれていたとしても守衛を据えねばならぬ事情がイーガにはある。
 普段であれば、補給班幹部として従事する俺が守衛をする必要性などない。しかし、俺が小さな燭台だけが灯る薄暗い中で孤独に木戸を睨みつけるのには、はっきりとした理由があった。

 大晦日。家庭を持ったイーガの団員はこの日、本拠での業務に就いていたとしても優先的に休日が言い渡される。
 「年の瀬くらい、家族と一緒に過ごすべき」というコーガ様の温情によるものだが、それでなくともイーガ団はカツカツの人手でなんとか成り立っている集団で、彼らが抜けた穴は、誰かがどうにか補わなくてはならない。
 では、誰が補うか。家庭持ちが一人残らず旅立った後に残っている者、すなわち独身団員の出番である。
 本来の業務でない守衛を俺がおこなっているのは、正に伴侶のいない独身だからこそだ。幹部役の持ち回りであるために、独身・上下関係などを鑑みて俺に白羽の矢が立った。
 大志掲げるイーガのためならば、自らを犠牲にせねばならない時もある。それが正に、大晦日の守衛ということだ。

 しかし正直なところ、今年はどうしても、イーガが長年続けている通例を割り切ることができずにいる。
 なぜかといえば、恋人すらいなかった去年までならまだしも、今年は俺にも愛すべき相手ができた。それに、ずっと宴会の準備に追われていた彼女と、久しぶりに会う約束をしていたのだ。
 そもそも、俺も歴が長くなったのもあって、今年は守衛の業務から逃れられると高を括っていた。まさか、業務を言いつけられるだろうと踏んでいた後輩が、直前になって家庭持ちになると誰が考えただろうか。
 すいません、本当にすいませんと、散々頭を下げた後輩がアジトから発っていく足取りは酷く軽やかだった。
 その背中を歯噛みしながら見送ったのも、既に朝の話である。彼が発った当時は後光のように差していた太陽光は既になく、外は日が落ちきって酷く寒々しい。元より、木戸は堅く閉じられているので外の様子など分かりはしないが。

 外界との隔たりである木戸は、侵入者を拒む扉としては優秀かもしれないが、風を全く入れない鉄壁とは程遠い。隙間風に吹かれ、思わず身震いするほどには寒さが堪える。腕を組み、守衛としての雄々しさを失わない程度に身体を縮めながら、俺はこのとき食堂の様子に思いを馳せることくらいしか、やることがなかった。
 今頃きっと、飲めや歌えやの大宴会が繰り広げられているのだろう。その証拠に岩廊下の奥からは、絶えず微かな笑い声が聞こえてくる。
 今まさにこの時、酒と食事に耽る団員がこのアジト内に居るかと思うと、やはり割り切れない。それもアジトの飯炊き番を担っているのは、俺の恋人だ。彼女の飯を、他の男が俺に断りも無しに楽しんでるかと思うと余計に腸が煮えくり返る。

 視界に入る景色がいつまでも変わらない玄関にいると、時が止まってやしないかと錯覚する。この永久にも思える退屈な業務をただ真面目におこなうなんて、今年は出来そうにもない。
 俺の担当は日を跨ぐまでだ。しかし、その頃には温かい宴会飯はほとんど無くなっているに違いない。最近仕事づくめだった彼女だって先に寝てしまうはず。
 あとどれくらい経てば、この寒くて暇な時間から抜け出し、温かくて柔らかな彼女を腕に抱くことができるのだろう。途方もない時間を数えるよりも、心を殺して無感情を貫いていた方が、もしかするとすぐさま時間が経ちやしないだろうか。そんな空想に耽った。

「・・・・・・お疲れ様です、幹部殿」

 体面ばかりは真面目に守衛をこなしつつ頭の中で呆けていると、青天の霹靂が起こった。
 突如として背にかかった声へ振り返ると、なんとそこにいたのは、今しがたこい願った飯炊き番だった。廊下の奥、土鍋の乗った盆を支えながらゆっくりと近づいてくる。
 なぜ、ここに? 辛気臭く沈み切った心持ちに、突如として現れた女神のようなもので、言葉も出ずに面下で口をバカのように開けた。バランスを取りながらゆるゆると歩いてくる飯炊き番に駆け寄ることも出来ず、俺は彼女がすぐ傍までやってきてから「どうして、ここに」とやっと口にする。

「飯炊き場の業務がすべて終わったんです。貴方が日を跨ぐまでの守衛番とは聞いていましたが、それより先に温かいご飯が食べたいかなと思って。これ、差し入れです」
「まさか、今日会えるなんて思っても無かった。それに、この場でお前の飯が食えるとは・・・・・・感謝する。本当にありがたい」

 盆を受け取って土鍋を覗くと、野菜が盛りだくさんに入ったうどんであった。好物である魚の団子もたっぷり汁に浮いている。ふわふわとした湯気を思い切り吸い込むと、魚介の出汁が効いた美味そうな匂いに、無味乾燥としていた頭の先から腹の底まで満たされるような気がした。
 身体の芯まで冷めきった今時分に、この食事。彼女の優しさこそが温かい。今の今まで鋭いツララと化していた心そのものまで溶かされていくようだった。

「生姜もたっぷり入れたので、きっと身体もポカポカになりますよ。玄関って寒いでしょう?上着でも持ってきましょうか?」
「いや、これで充分だ。本当に・・・・・・。腹が減っててやさぐれてたんだ」
「ふふ・・・・・・だと思った。貴方、お腹が減ると不機嫌になるから」
「誰だってそうだろ、俺だけじゃない。・・・・・・あー、食べていいか?本当に腹が減ってるんだ。我慢できない」

 彼女の面を覗き込むと、酷く可笑しそうにくすくす笑って「どうぞ」と言われた。
 すぐさま階段の段差に腰かけて手を合わせ、まずは麺をずるりと啜る。その後に温かな汁を空っぽの腹に流し込み、咀嚼の後に魚の団子を一口齧る。
 美味い。とにかく、美味いと思った。口の中一杯に広がっていく魚の旨味と、ふわふわした柔らかな触感が堪らない。野菜の甘味が団子にまで染みているのは、汁物だからこその楽しさだろう。大き目に切られた野菜はそれぞれに存在感があって満足できるし、つるりとのど越しの良いうどんとの相性も抜群だった。塩味の加減が絶妙なのはさすが元宮廷料理人。汁だけを啜ってもしょっぱすぎず、うどんと合わせても薄すぎない。シンプルな具材でなぜこうも奥深い味わいが出せるのか、いつにも増して不思議に思う。
 俺の横へ静かに腰かけて「どうですか」と問う彼女に、俺は「美味い」と率直な感想を伝えた。

「今一番身体が求めてた料理だ。温かくて美味くて身体に染みる。この飯だけで、最悪だった一日が最高の一日に変わった気すらする。これなら大晦日に業務を言いつけられても悪くないかもしれんな」
「もう、何言ってるんですか。私は嫌ですよ、もっと二人でゆっくりできると思ってたのに」
「まぁ、・・・・・・そうだな。これじゃ酒も飲めないしな」
「あっ、それはご心配なく!実は・・・・・・」

 言うや否や、それまで腰に提げていたらしい木筒を手に取り、俺に見せつけてくる。
 ふふふ、と自信ありげに不敵な笑みを漏らすので、「まさか、それは」と俺の胸にも期待の火が灯った。蓋を外してコップ状になったそれをつきつけられれば、微かに漂う湯気が仮面を湿らせる。

「甘酒を持ってきました!お正月といえばこれで決まりです!」

 甘酒。あまり詳しくは知らないが、名前の通り甘くて、酒のにおいはすれども、酒精がほとんど含まれていない飲み物だったか。
 てっきりいつもの米酒を飲めると思ったものだから、目の前につきだされるそれを素直に受け取る気になれない。というか、魚の出汁が効いたうどんと甘酒との相性が良いとも思えない。いやしかし、彼女がせっかく俺のことを考えて準備してくれたものなのだ。全く受け取らないのは無礼だろうか。
 何を言うべきかと考えながら、結局何も言わず、とりあえずうどんをズルズルと啜る。そのズルズル音が答えというわけではなかったが、彼女は俺の不服をつつがなく察したらしい。
 顔の下半分だけ出るように仮面をずらし、わざわざむっと山なりになった口元と、ぷっと膨らませた頬を見せつけてきた。

「どうせ、酒じゃないのか、と思ってるんでしょう。業務中なのに私がいつもの酒を持ってくると本気で思ってるんですか?」
「何も言ってないだろ、純粋にありがたいと思ってるぞ。甘酒いいよなー。甘くてとろとろで、うどんのお供にぴったしだよなぁ」
「あっ、バカにしてますね!?なにも、一緒に合わせろなんて言ってないのに!」
「今この場で出されたら、そう言ってるようなものだろう」
「甘酒は身体に良いんです、飲むとぽかぽかになるし、せめて今飲めるお酒を、と思って準備したんですよ」
「だから、ありがたいと思ってるぞ。その配慮がな」
「もういいです、私が飲みますから」

 尖らせた口のまま木筒を傾けて、それからこくりと喉を鳴らす彼女は、語彙と違って終始楽しそうだった。
 その証拠に、上唇をぺろ、と舐めとった後の口元は緩み切っているし、上向きに上がった口角を露とも隠せていない。
 今すぐにでもその甘酒を受け取って、彼女と同じ楽しさを感じ取りたいとも頭に上る。しかし、やはりうどんが先だろう。早く食べないと、せっかくコシのある麺が伸びてしまう。

「残しといてくれよ、少しくらい」
「んー、どうでしょうね。貴方、文句ばっかりだから」
「悪かった。俺もお前と一緒に甘酒を飲みたい」
「どうしようかなぁ、全部飲んじゃおうかなぁ」

 そんな悪戯っぽい言葉にこれ以上ないほど満たされることになろうとは、去年の俺は露とも予感していなかった。

 彼女に甘酒を全て飲まれる前に、勢いに任せて完食した俺は、最後の汁まで飲み干して「ぷは」と一息つく。
 「汁まで飲まなくたって良いのに」と呆れ笑いを零されたが、彼女の飯で残すべきところなんて一つも無いのは、本人にだって分かっているはず。土鍋を床に置き、後ろの階段に凭れながら「食った食った」と腹を叩くと、「お粗末さまでした」と、どこか満足そうな彼女が膳を引き取っていく。

 彼女とこうしてゆっくり話すのは、久しぶりだ。最近は年末年始の準備に追われ、会ったとしても食材を受け渡す刹那だけ。触れることもなければ、もちろん晩酌の機会も得られず、ここしばらく随分潤いのない日々だった。
 すぐさま彼女を抱き留めたい気にはなるが、そうはいっても業務中である。彼女がこの場に居て、ゆるりと他愛ない会話が交わせることを感謝するとしようか。

「業務が終わったと言ったな、宴会は、どんな感じだったんだ」
「少しご飯を頂いて退散してきました。ああいう場に飯炊き場の人間がいると、良い様に使われちゃって大変なんです。皆さん既にへべれけで」
「そうか・・・・・・。ここ暫く休み無しで働いてたもんな。漸くお前も休みを得られるというわけだ」
「そうですね、おせちも仕込んでますし、暫くはご飯作りから解放されます。さすがに疲れました」
「そういえば、酒も飲んだのか?今日は振る舞われてるはずだが」

 何気なく呟いた言葉に、彼女は「いえ、今日は・・・・・・」と言い淀む。両掌に包まれた木筒を親指で撫でながら、少し照れたように唇を引き絞ってみせた。

「貴方と一緒が良かったので、飲んでません」
「・・・・・・そうか」
「それに、貴方が居ないところで酔うのも、ちょっと憚られたので」
「そうだな・・・・・・。じゃあよっぽど、この場に酒があれば最高だった」
「ですから、これがありますよ」
「これで酔えるか。酒精だって抜けてるだろ」
「でも何もないよりは良いでしょう。酒には違いありませんし」

 水面を揺らしながら木筒をつきだされて、途端に匂う甘い香りにしかめっ面になる。甘いものは特段に嫌いというわけでは無いが、まず口にする機会がない。食べるとしてもツルギバナナくらいなもので、それよりも塩気のきつい飯を酒で流すのが好きだ。俺の嗜好を彼女も知ってるはずなのに。
 いやしかし、微かに混ざるはっきりとした酒精の香りに、これならまぁ、確かに酒の気分も味わえるだろうかとも頭に上る。彼女がわざわざ準備してくれたのだし、残しておいてくれと頼んだのは自分なのだし、飲まない選択肢はない。酒として楽しむかどうかは置いておいて。
 またツンと唇を尖らせる彼女から木筒を受け取って鼻を近づけると、甘い発酵臭の中に、改めて米酒独特の匂いを感じた。

「甘酒なんて久しぶりに飲む。幼少期以来だ」
「そうなんですか?私は城下に居た頃、毎年正月になると頂いてました。イーガでは馴染みがあまり無いのですね」
「そもそもゲルド地方に季節感がないし、大晦日と言ったっていつもの宴会とそう変わりないしな。おせちだって、普段は食べやしないぞ」
「え、そうなんですか。いつもは何を?」
「そりゃ、ツルギバナナに決まってる」

 飯炊き番が来る前の食事風景を思い出しながら呟くと、彼女も合点がいったようで「あー」と唸った。
 そもそもが、飯炊き場という部署のない集団だったのだ。甘酒とか、おせちとか、そんな気の利いた季節の食べ物を楽しもうなんて、土台無理な話なわけだ。
 だからこそ、正月の証左たる甘酒が、どうにも俺にはこそばゆく感じる。

「ま、せっかくだしな。飲むか」

 木筒に口をつけ、傾けた瞬間に口中へ入ってくるつぶつぶとした柔らかな触感。鼻を突き抜ける華やかな香りに、砂糖とも違う柔らかな甘み。
 これが酒と呼ばれる理由はなんとなく理解できるものの、まるで食後のデザートだ。普段の晩酌で喉を焼く酒とは似ても似つかず、やはりあのカッと滾るような酒精が恋しくなった。 

 しかしそれよりも、口いっぱいに広がる優しい甘さで、唐突に思い出したことがある。
 幼少期、酒と聞き及んでから飲み、少し背伸びした気になったあの感覚。ふうふうと湯気のでる甘酒を冷まし、それでも口に入ってくるとろりとした液体で火傷をしたこと。村の人間が集まり、焚火を囲んでかじかんだ手の平を温めたこと。いつもは見ない村人が増えていて、親の横から離れずに年明けの挨拶を交わしたこと。
 あれは確かにそういえば、本拠から隠遁村へ団員が帰ってきた、正月の出来事だったかもしれない。

「どうですか?美味しい?」

 食事は季節と関り深い。ゲルド地方から離れ、さまざまな地方で食材集めに従事していると、その事実にしみじみと気付く。
 俺率いる補給班が集めた季節の食材を、彼女が季節の料理に仕立て上げ、イーガの団員に浸透していく。
 朝昼晩の食事でこの集団に時間の感覚をもたらした彼女は、正に季節の感覚も同時に、この集団にもたらしているわけだ。

 「たまには良いな」と上唇を舐めながら答えた。彼女は満足そうに頷いて、私も、と俺の手の平から木筒を奪っていく。コクリコクリと喉を鳴らしながら、ふぅと面をあげて息を吐く彼女。彼女の視線の先にあるのは開く気配のない木戸だったが、きっと彼女が見ているのはそうではない。
 木筒を包む手の平がやけに手持ち無沙汰に見えて、俺は物言わず上から包み込む。あかぎれのできた彼女の指先が氷のように冷たくて、早く温めてやれば良かったと少し後悔した。

「冷たくなってる。寒いんだろ?ここは冷えるから」
「・・・・・・貴方の手は温かいですね、ぽかぽかしてる」
「飯、食ったからな。生姜が効いてるんだろ」
「じゃあ、私のおかげですね」

 下唇を少し噛むのは、照れくさく思っているときの彼女の癖だ。とはいえ満更でもないのか、そのまま彼女が胸板に頬を擦り寄せてくるので、小さな肩を柔らかく抱き寄せた。イーガの装束は布が薄く、彼女の肩もまた、指先と同様に冷え切っていた。

 彼女と他愛ない話をして、酒を飲みながら共に過ごしている。
 幸せだな、と自然に頭へ上った。おそらく、これは俺が求めている幸せの形だった。

「来年は、二人で晩酌できると良いですね」

 明日の身も分からないイーガでの生活で、未来の話は御法度だろう。今までは来年どころか、少し先の話ですら口に憚ってしょうがなかったのに。

「・・・・・・そうだな」

 しかし、どうしてだろう。彼女と共に過ごす未来の話であれば、自分の臆病に抗える。祈りを込めて、約束をしたいと思ってしまう。
 それが、日の下で生きてきた彼女を抱きしめるための、責任であるように感じた。

 蝋燭の灯りに照らされる白髪が眩しくて、面下で目を細める。頭を撫でると、呼応するように彼女の面が持ち上がった。
 面下で、俺のことを彼女は見つめているのだろう。琥珀のように美しく輝く瞳で。俺はその琥珀色を、この先も間近で見ていたい。
 仮面をさらりと取り払うと、閉じられていた琥珀の瞳が細く開かれる。小さな蝋燭の火が、ちらちらと瞳の中に閃いて綺麗だ。やっぱり冷たくなった頬に手を添えて、その柔らかな肌を撫でる。 
 彼女は口づけをする顔のまま、俺のそれを待っている。白い肌に浮く紅い唇と触れ合う瞬間、確かに鼻を掠めたのは甘酒のにおいだった。



 二人きりで過ごす、大晦日の晩。
 彼女の作ったうどんを食べたのも、甘酒を飲んだのも、冷えた彼女の肌を温めたのも、玄関で口づけをしたことも、全てがこの日に刻まれていく。
 きっとこの先も、この時期が来るたびに思い出すのだ。来年も一緒に、と無垢に語った彼女の無邪気さと、己の重責を、甘酒の香りがした口付けと共に。

願わくば本当に、来年も共に彼女と過ごせることを、心から祈りたい。


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