【ss】補給班幹部と飯炊き番の日常(非エロ)
「飯炊き番、いるか!」
それは夕餉の刻が過ぎ、夜を生業とする隠密集団がそろって詰所を飛び出す幕間。
炊事場へ張りきった声と共に現れたのは、イーガ団において補給班を務める幹部。団の給食を一手に担う飯炊き番の女を訪ねることは珍しくないが、この日はやけに勇み足でやってきた。無感を是とする隠密集団としては、少々ありえない振る舞いである。
業務中は、いつも感情すら掴めないほど抑揚なく語る幹部がそのような調子でやってきたものだから、飯炊き番は肩をビクリと震わせた。パッと勢いよく振り返ると、いつもの幹部・・・もとい、自身の恋人が、やけに嬉しそうな様相で立っている。
そろそろ明日の仕込みが終わりそうでもあり、業務としても幕引きの頃合い。しかし飯炊き番は、彼が幹部職としてその場に立っているのか、調子の良い恋人としてその場に立っているのかが分からず、「か、幹部殿・・・どうなさったのですか」と、改まった。
「いや、良いものを手に入れた。早くお前に渡したくてな」
どうやら恋人として立っていたらしい。一応、まだ業務中ではあるのだけど。
飯炊き番は、恋仲になってからというもの、何かと公私混同を果たす自身の恋人に、呆れたように息を吐いた。
「良いもの?酒ですか?この前も良いものと言いつつ貴方、全て飲みましたよね」
「違う、酒じゃない。・・・この前はすまなかった」
じとっとした視線を感じ、以前彼女へ渡した酒をほぼ一人で飲みきってしまったことを思い出し、幹部はすっと面を横に向けた。まさかまだ根に持っているとは。食の恨みは怖いと良く言ったものだ。
「まぁ良いですけど」と彼女が笑うので、許された気になって咳ばらいを一つ。でないと、幹部職としても面目が立たない。
満を持して、どこへ隠していたのか茶色い包みを取り出し、飯炊き番に見せつける。手拭きで水気を拭きつつ、彼女はつつがなく受け取った。
「遠方から帰り、とある馬宿で手に入れたのよ。なんでもゲルドの民が身につけるものだとか。あそこは意匠に凝った装飾品が多いだろう。いや、お前も気に入るだろうと、俺はこういったものを探していたのだ」
彼が恋人の飯炊き番へ贈り物を渡すことは、何もこれが初めてではない。
遠方への出立が多い自分と比べ、詰所から一歩も動けない飯炊きという役どころ。彼は地方から戻った際に、なるべく彼女へのお土産を準備するよう心がけていた。
例えば、酒とか。あとは、酒とか。ついでに酒とか。加えて、珍しい食材を彼女の贈り物と称して渡すなどする。
自分も酒を楽しみたい気持ちが滲み過ぎていると、彼女には内心呆れられているのだが、幹部は露とも気付かない。彼は気ままな男だった。
しかし、今回は期待が募る。なんといってもゲルドの装飾品だ。あすこの民族衣装は煌びやかで、女なら誰でも一度は着たいと思うほど。それは飯炊き番としても同じであり、宮に仕えていたころからの憧れでもあった。
加えてゲルドは宝飾技術に長けた、アクセサリーの産地。普段は無感情を思わせる幹部が、これほどまで溌剌とした様子で駆けてきたのだから、彼女としても胸が高鳴らないわけがない。
もう彼と恋人になってから、随分たつ。
もちろん隠密という立場上、何かと目立ったり高価なものが贈られるとは露ほども考えていないが、それでも大切な人から、自分のために労を尽くして贈られるプレゼントには、どうしたってときめきを覚えてしまうものなのだ。
「開けて良いですか?」と、上ずった声で聞くと、つつがなく「あぁ、いいぞ」と返ってくる。
飯炊き番はどきどき高鳴る胸のまま、茶色い包みを開いて見せた。
「・・・これは」
厳かに湛えられていたのは、ほぼ紐。いや、ほぼでもない、ただの紐である。3センチ四方の四角い布が3枚くっついた、ただの黒い紐であった。
ゲルドの身につけるもの?意匠に凝った装飾品?お前も気に入るだろう?
飯炊き番の頭の中には、質問ばかりが矢継ぎ早に浮かんでは消える。
対して幹部は、腕を組んでやけに満足げな様相だ。どうやらプレゼントとは、本当にこれのことらしい。
紐を見ながら何も言わない飯炊き番を意に介さず、うんうんと納得したように頷いて見せる。
「俺も初めて見たんだ。これは女の下穿きだそうだ」
「したッ・・・」
「いやぁ、手に入れるのに苦労した。まさかこれほど完璧なものを手に入れられるとは思わなんだわ」
からから笑って見せる幹部とは対照的に、飯炊き番は俯いたままプルプルと震え、そうして耐えかねてキッと面をあげた。
「いや紐!これ、ただの紐です!!どこが下穿きなんですかッ!」
「何を言う、立派な布がついているだろう」
「貴方莫迦なんですか!この布で何を隠せって言うんです!変態!莫迦!スケベ!!!」
恋人でなければ如何に人道に背くことをしているか、今すぐにでもコーガ様へ告げ口したことだろう。まさに恋人だからこそこのような贈り物がされたわけなのだから、如何ともしがたい。
飯炊き番は貰った物だからと床に叩きつけはしないものの、握った拳で彼を殴ってやりたいくらいには心火を燃やしていた。
「まぁ待て。お前の言いたいことも分かる。しかし俺のいうことも聞いてほしい。これは術のかけられた特別な下穿きなのだ」
「は?そんな世迷言信じるとでも!?」
「お前、俺のことを何だと思っているんだ。否定が早すぎるだろう」
「こんなもの持ってきて信じてもらえると思ったら大間違いです!」
取り付く島もない飯炊き番の様子に、幹部は「はぁー」と大仰にため息をついて見せた。まるで、「何も分かっていない」とでも言いたそうで、その反応にもイラついた。
今まさに握り締められそうな紐・・・もとい下穿きをひょいと摘まんで見せ、彼女の前に広げて見せる。
ささやかに縫いつけられた布は、股を隠すためのものだろうか。全く何も隠すことのできないだろう、ただの小さい黒い布。
おそらく、布から横に伸びる紐を骨盤辺りでくくって繋げて下穿きとするのだろうが、如何せん尻が何も覆えない。もしやとは思うが、同じく紐を、尻の割れ目に食い込ませる、とでも?
どのように装着するものなのかを如実に想像し、飯炊き番は小さく「ひ」と悲鳴を上げた。
「そう怯えるな。これはゲルドの特別な術がかけられているものだ。お前も、あすこが伴侶を得るのに苦労している噂は知っているだろう」
「あ、あぁ・・・そうみたいですね・・・なんでも恋愛教室なるものが流行るほどだとか・・・」
「そうだ。そこで開発されたのがこのひ・・・ではなく下穿きよ。好いた人間から贈られればたちまち美しい布地が現れ相手を魅了し、嫌いな人間から贈られた場合は何も起こらないままだという。俺はその術を見てみたい」
「俺のことは好きだろう?」そのように締められれば、飯炊き番はぐうの音もでない。
いや、正直どこまで本当のことを言っているか怪しい。おそらく、ほとんど嘘。いや、ほとんどでもないかもしれない。全部嘘。
飯炊き番は彼との付き合いで、彼が伽のためならば、嘘や建前も平然と口にすることを知っていた。幹部職、だからこそ?
しかしずるい。この男はずるい。このような言い方をすれば、断れるものも断れないと知っているのだ。この男はずるい。・・・ずるい!
飯炊き番は心火を鎮火するしかなくなった。握られた拳は力が抜けていく。
「好きだろう」と問われた彼の低い声が頭の中に反芻するようで、耳が熱くなるのを感じつつ、「・・・好きです」と小さな声で呟いた。そして、彼はまた満足そうに頷いた。
「よし、そうと決まればさっそくだな。寝所へ行こう」
「え、今日、晩酌は・・・」
「今日は良い!さ、行くぞ!」
彼女の手のひらから茶色い包みをひょいと持ち去って、幹部はスキップでもするように、炊事場の戸口から去っていった。
ああ、やはりこれは仕込まれたのだ。彼女が彼の意図を理解するには、今の刹那で事足りた。
飯炊き番は、とんでもないことを了承してしまったと額を押さえる。が、了承してしまった手前、このまま無かったことにしたいと言えば、それはそれで何をされるやも分からない。
飯炊き番は静かに面越しの額を手で覆った。
暫しの後、諦めたように居住まいを正し、ふぅと息を吐く。それは、ある意味での覚悟。
しずしずと炊事場の照明を落とし、飯炊き番は旺盛な恋人の待つ寝所へと、足を向けたのであった。
コメント
補給班幹部は、宮仕えで品のある飯炊き番が、自分の指示で下品な行動をとるのに、どうしようもなく劣情を抱く性質です。