【ss】補給班幹部と飯炊き番の日常(非エロ)
ゲルド高地にひっそりと存在するカルサー谷。
古に築かれた古代文明の遺跡をねぐらとし、過去から続く伝統装飾で辺りを飾り付ける者たちが、ひっそりとこの谷間に住まっていた。
それが、イーガ団。かつて王家に仕え、主に辛酸を舐めさせられた結果反逆の道へと進んだ、隠密集団である。
世界滅亡の鍵となる厄災を信仰する彼らは、妨げとなる王家残党の調査、そして復活した厄災の手助けをするべく、平時から各地へ散らばり密偵活動を続けていた。
決して人数の多くない集団ではあるものの、目的を同じにするのであれば、自ずと役割が出来上がるもの。例えば密偵、物資の調達、研究、団員が生活するための雑務を任せられる者など。
中でも、密偵のために遠方へと発つ団員たちは、事前の準備に忙しない。
暗殺を生業とする集団ゆえ、身を守るため、そして仇敵に出会った場合を考えて、武器の準備は欠かせない。射手であれば二連弓と矢を、剣客であれば首狩り刀や鬼円刃の手入れを行い、出立する。
道中必要となる路銀は自らの手でどうにかすることが決まりだが、兵糧ともなるツルギバナナはそれなりの量を配給され、手荷物に含めねばならない。
最近ではこれらに増し、飯炊き場の準備した携行食を持参するのが、出立の決まりとなっていた。ツルギバナナでは足りない栄養を補うことに加え、食材の持つ効果効能が戦闘において役に立つと実証されたからだ。なんでも食材の効果効能によって、命を救われた団員が実装を推し進めたとか、いないとか。
「お待たせしました、本日の携行食です」
アジト内での昼餉が始まる少し前、携行食は、日毎に飯炊き場を任されている女構成員の手によって玄関口へと運び込まれる。
この日やってきたのは、飯炊き業務をひとつの部署として確立させた、まとめ役の構成員であった。
いつもであれば、決まり事とばかりに補給班の幹部が彼女から携行食を受け取りにくる。だが生憎今日は、本人も出立の準備で忙しい様子だった。飯炊き番の小さな声音は、準備で忙しない喧騒に巻き込まれ、件の幹部に届くことはない。
彼女の居たたまれない立ち姿にいち早く気づいたのは、幹部の補佐役として歴の長い構成員の一人だった。荷物を受け取るのは、正直補給班の面々であれば誰でも良い。部下への指示を出し、彼女の来訪に気付かない幹部を一瞥し、構成員は気を利かせて彼女の元へと歩み寄る。
出立までの時間もないことだし、幹部の代わりに荷物を受け取ってやろう。それは純粋な気配りのつもりであった。まさかその気配りが、ある人物にとっては完全に裏目へ出るとは露知らず。
「お疲れ様です、幹部さんは今少し忙しいようなので、オレが受け取ります」
「あ・・・ありがとうございます、では、これを・・・」
どこか躊躇しながら差し出される二つの風呂敷。出来上がったばかりの飯が入ったそれらは、微かに香ばしい良い匂いが漂っている。
彼女の細腕にきっとそれらは重いはず。補佐役が受け取ろうと、手を差し出した瞬間であった。
「待て、携行食は俺が受け取る。お前は向こうに行くが良い」
二人の間にさっと分け入ったのは、見慣れた大きい手のひらだった。受け取る直前、それが音も気配もなく現れたものだから、補給班と飯炊き番の構成員二人は後ずさって驚いた。
言わずもがな、突如として登場したのは、今の今まで部下に指示を出していたはずの、幹部その人である。そのまま補佐役の構成員に背を向けて佇み、しっしっと手で払う振る舞い。巨躯の背中はさながら壁で、彼女の姿を構成員に見せたくない、と言わんばかりである。
いや実際、心算もそうなのだろう。補佐役との付き合いが長いからこその驕慢な態度で、構成員がムッと面下で眉を顰めたのにもかまわない。そのまま振り返りもせず、飯炊き番からつつがなく携行食を受け取って見せる。
しかし空気の読める構成員は、如何に面下で顔を顰めても、遠くない距離で話し始める二人から黙って一歩離れた。おそらく最善の策であるとの確信もあった。
何を隠そう、幹部と飯炊き番は、公に宣言こそしていないものの恋仲である。
始まりは体の関係で、仲違いを経て思いを告げあい、晴れて両想いとなった。その一連の流れを、補佐役の構成員は全て知っている。当時は補給班の一同で、分かりやすい上司の門出を陰ながら祝福したものだ。
というのも、仲違いをしている最中の幹部といったら、部下が軒並み心配し、総長へ相談するほどの体たらくであった。指示を出さずに業務を開始し、せっかく調達してきた食材を野生の動物に食べられ、何を言っても上の空。仕事のできる真面目な幹部という評は、この期間のうちに随分変わったと記憶に新しい。
逆に恋仲になってからどうかといえば、表情こそ分からないものの、どこか浮足立ち、周囲に花が散るような毎日。なんでも一人の時分に鼻歌すら聞こえてくるのだとか。それはそれで鬱陶しいとも思われていたが、如何せん以前のポンコツぶりよりはマシだった。加えて取りまとめ役の幹部ともなると、序列に厳しい集団としては、口を挟むのも難しい。
聞けば彼は、何年も良い仲の異性がいなかったとか。
久しぶりの恋仲ならば少しは大目に見ようかというのが、彼を慕う部下たちが下した意見であった。許容量の大きい部下たちに恵まれたのが、彼の幸福の一助を担っていたのは言うまでもない。
その中でも、補佐役の構成員は、良くも悪くも自分の上司についての理解があった。彼が恋人との業務を遂行する最中、せめて業務を肩代わりしようかと辺りを見回すと、数人の構成員が幹部の背中を恐縮そうに見ていることに気が付く。出立前の忙しい時間、ぼっとしている暇はないはず。何事かと思えば、どうやら指示の途中で「しばし待て」と制されたらしい。
無分別ここに極まれり。補佐役の構成員は、いくらなんでも、と少々呆れる思いであった。
イーガは無感を是とする隠密の集団。公私混同など甚だ許されるわけもなく、どの恋仲だってそれを業務に持ち込むことなどありえない。構成員は然り。団のまとめ役として務める幹部など、言わずもがな。
さすがに文句の一つでも言ってやろうかと補佐役が彼の背に迫ると、携行食と、今時点で調達してきた食材の受け渡しだけで済むはずだのに、未だに彼らは何かと会話を続けている。
恋人の逢瀬とは、もっと密やかに、つつましく行われるべきではなかろうか?構成員は業務に支障をきたしている上司の所業に、深く深くため息を吐いた。
「貴方も遠方へ行かれるのですよね、気をつけてください。決して無理はしないように」
「あぁ、肝に銘じる。お前も無理はするなよ」
「これ・・・携行食と一緒にどうぞ。貴方、食いしん坊だから」
「恩に着る。大切に食べよう」
「携行食も、貴方の好きなものを入れましたので」
「それは楽しみだ。お前の飯が食えるだけで、士気が高まる気さえするから」
なんと恥ずかしい会話だろう。面越しではあるものの、じっとお互いの顔を見つめ合う二人に、他が口を挟む余地はない。さながら今ここで、接吻でもするのではないかという雰囲気だった。先ほどまで指示待ちで彼の背中を見ていた構成員たちも、あまりのいかがわしい空気に見て見ぬふりをするほど。
二人だけの世界とはこういうことか。彼女のいない構成員はまざまざと突きつけられ、顰めた眉の谷がさらに深くなるばかりである。
「ご帰還の予定は・・・」
「七日ほどだ。今回はそれほど遠くない。ハイリア大橋の辺りまでで引き返す予定だからな」
「そうなのですね、ならば安心です。貴方はいつも生傷が絶えないから・・・」
「すまんな、心配かけて。今回は何事もなく帰れるはずだ」
「肴を準備して待ってますね。・・・何か希望はありますか?」
「ふむ・・・この前食べた珍味が美味かったな、やけに歯ごたえのある、酒の風味の効いた」
「軟骨の酒粕漬けですね、また作っておきます」
「あぁ、晩酌を楽しみに、俺も業務を頑張るとしよう」
「その後は」と、一段と声音を顰めて、幹部は何事かを飯炊き番に耳打ちをする。何を言ったのか、突如としてばしん、と良い音を響かせながら胸を叩かれる幹部。なかなかに痛そうであるその暴力にも、彼は満更でもない様子である。
はぁ。序列に厳しいイーガの民はどこへ行ったのか。そのまま面を俯かせる彼女の頭を慣れた手つきで撫で、幹部は「ではな」と慈しみの声をかける。
足元に置いてある麻袋を抱えながら一礼をする飯炊き番は、踵を返して廊下の奥へと消えていった。頼りなくも見える彼女の背中が完全に見えなくなるまで、幹部は視線を外さない。
いやしかし、大の男が女一人にそこまで執心し、恥ずかしくはないのだろうか。憧れであるはずの大きな背中を見つめる構成員は、自らの上司に当たる彼の所業に、じとっとした視線を向ける。
飯炊き番の姿が完全に失せた瞬間、突如として幹部はくるりと振り向いた。今までの情けない姿が嘘のように凛とした面持ちで、腕を組みつつ仁王立ちとなる。まるで何事もなかったかの如く。
「皆の者、準備は整ったか?携行食を受け取った者は、速やかに散るように。遅れなど許されぬと知れ」
どの口が言うんだと、補佐役の構成員は咄嗟に思ってしまった。今まさに遅れの原因となっていたのはあんたじゃないかと。速やかに散らなかったのはあんたじゃないかと。幹部の一声でわらわらと携行食を受け取りに来た団員に揉まれながら、彼の頭の中には次々に文句があふれ出て止まらない。
低く堂々としたいつもの声音ではなく、恋人にしか見せない猫なで声を聞いた今となっては、彼に対する尊敬や畏怖は風で吹き飛んだも同然である。もはや、軽蔑の対象とも言える。
いやしかし、彼との付き合いが長い故に、浮かれる気持ちも分かる。だからこそ、平然と真面目な様子で業務に戻る幹部に、補佐役として一言いってやらねば気がすまなかった。決して目の前の逢瀬に苛立ちを覚えたからではない。決して。
「幹部さん、少々良いですか」
携行食を受け取ろうと彼を取り巻く団員たちが失せた頃合いを見計らい、件の構成員は幹部を見上げた。「ん、なんだ」と応じる様子はいつもの如く気迫だが、その差こそ、わざとなのではないかとも思わせる。
「あまり口を挟みたくはないのですが」と前置きをして、構成員は既に尊厳を失いつつも威風堂々たる彼を、真正面からじっと見据えた。
「最近、浮かれすぎではありませんか?業務に支障が出ています」
「なに?」
「恋人ができたのは良いことですが、今はイーガ団にとって重要な機運。集中なさってください」
「集中している。浮かれてなどいない」
本当に、どの口が言うのか。真剣な彼の様子は、締まりのない自分の姿など毛頭思い至らないようだった。全身鏡でもあれば彼の近くにおいてやったのに。いや、手鏡でも良い。デレデレした会話の最中、そのだらしない姿を見せつけるため、彼の前にさっと出してやったのに。
構成員は現状をまったく理解出来ていない上司に「無意識なのですね、恐ろしい・・・」と深い息と共に言葉を吐き捨てた。
「おい、どういう意味だ」
「とにかく、幹部たる貴方がそのような様子では、団に障ります。気を引き締めていただかないと」
「む・・・」
「それでなくとも、イーガは女性団員が少なく、恋人を持つ男団員は疎んじられます。貴方もよくよく理解があるでしょう」
「いや、まぁ・・・」
「恋人とのべたべたを見せつけられる、こちらの気が分かりますか」
「・・・」
「ご自分の振る舞いを自覚なさってください」
彼は幹部だが、正論に対し、むやみに上から押さえつけてくる野蛮な男ではない。だからこれほど部下に慕われているし、新人育成の場とでも言うような補給班を任されている。
その威厳を、貫録を、構成員はどうにか取り戻して欲しかった。いわば上司を思うからこそ。決して今までの鬱憤が発露したわけではない。決して。決して。
構成員は「ではオレも行きます」と会釈をし、何も言えず押し黙る幹部を残して去っていった。
部下からの一言で、彼は変わってくれるだろうか。元の真面目で、独身者に気遣いができる上司に戻ってくれるだろうか。淡い期待を抱きながら、上司思いの構成員は、荒涼たるハイラルの地へと一歩足を踏み出していったのだった。
「・・・・・・ということがあったんだ」
きっかり七日で詰所へと戻ってきた補給班の幹部は、晩酌中に飯炊き番へ、事のあらましを説明した。
正直、普段から自分自身のことは律しているつもりである彼に、補佐役の指摘は身に覚えがない。業務中も幾度と頭をひねったが、最近浮かれすぎだとか、恋人とのべたべただとか、全く意味が分からない、というのが彼の結論であった。
本当は業務中だからといって関係なく、自分の愛する恋人ともっと触れ合いたい。しかし班を取りまとめる幹部としてそれが許されないのも分かっている。だからこそ鋼の理性をもって普段から我慢しているというのに。なんとも雲を掴むような心持ちである。
一通りの事情を黙って聞いていた飯炊き番からは、神妙な声音で「確かに」と返ってくる。やはり共感できるか、と刹那、得意げになった幹部だったが、彼女の本意は彼の思うところではないとすぐ知ることになった。
「その方のおっしゃる意味、分かります」
「・・・なんだと?」
「貴方、最近気安すぎます。気を引き締めろという言葉、私には理解できますよ」
おそらく彼の非常識な行動を思い出しているのだろう。両手に猪口を包み、指の腹同士を擦り合わせる様子は、彼女に思い当たる節があることを伺わせる。
思っていたような共感を得られなかったと知り、幹部は前のめりにつっかかった。
「例えばなんだ。幹部として徹頭徹尾、真面目に務めあげてるだろ」
「だって貴方、・・・業務中にも口づけしてくるし」
「誰もおらん炊事場でだろ? それは構わんじゃないか」
「すぐ抱きついて来ようとするし」
「それも炊事場だろ。見られてなければどうということもない」
「廊下を歩いているときでさえ、肩を抱こうとするでしょう。誰かに見られやしないか、いつもひやひやしてます」
「それはお前が危なっかしいから」
「前はもっと気になさっていたはず。その構成員の方は、そういうことを仰ってるんだと思いますけど」
じとっとした低い声で言われれば、幹部としても黙ってはいられない。「言わせておけば・・・」と苦々しげにつぶやいて、ドン、とわざとらしく猪口を置く。
「お前だって、誰もいなければ自分から面を取る癖に」
「イーガの面は、飯炊きの最中邪魔なんです」
「廊下ですれ違う度、穴が開くほど見られては、俺の方こそひやひやするぞ」
「貴方には言われたくありません!貴方こそ私の方を見てるくせに!」
「最近は食堂だって炊事場だって、嫌がることもなくなったし」
「それは、だって・・・」
「最近俺の好物ばかりが給食になってる気もする」
「・・・・・・、気のせいです」
ふいと視線を逸らせば、その推察が正しいと明白になる。幹部は勝ち誇ったように、飯炊き番と自分の猪口へと酒を継ぎ足した。
「ほらな、お前だって人のことを言えないだろう」
「私は、自分を律しています。貴方よりも」
「別れ際、毎度寂し気に俯くのはどこのどいつだ」
「貴方だって、用もないのに炊事場へ来るでしょう」
「お前に会いたいんだ、仕方ないだろ!」
「私だって、一緒に居たいところを我慢してるんですよ!」
「・・・」
「・・・」
一触即発、というように顔を突き合わせ声を荒げる二人だが、思い返せばなんとも恥ずかしい台詞。恋人が放った言葉をお互いに咀嚼して、二人は唇を固く結んだ。
ああなるほど、こういうことかと、臓腑に落ちるような感覚。これでは確かに、構成員が苦言を呈するのも理解できる。相手の言葉を反芻するたび、顔を中心に血の巡りが良くなってくる気すらする。これはきっと、酒のせいではあるまい。
二人は居直ってふぅと息を吐き、唇に酒の揺蕩う猪口をあてた。
「つまり、そういうことだ」
「分かりました。私も今後気を付けます」
同時に猪口を傾けて、ただ黙々と肴に手を伸ばす二人は、その後も静かに晩酌を続けたという。
胸には件の非難と、これからの振る舞いへの誓い。過渡期を迎えるイーガの足を引っ張ってはならぬと、二人はそろって、思いを新たにしたのであった。
後日、構成員からまた叱責を受ける幹部の姿が目撃されることとなる。
補給班の団員たちが恋人に浮かれる上司に振り回されるのは、今後もしばらく続きそうである。
コメント
徐々に自覚のなくなるバカップルは健康に良い。