Ch.9:システム・カタストロフ
第九章:再覚醒の絶望
【同期率:99%……臨界点まで、残り1%】
仮想空間「繭」の中は、狂ったような白光に包まれていた。シオンの視界はもはや形を成さず、ただカイムという巨大な質量に押し潰され、侵食される熱い悦びだけがすべてだった。
自分の肺がどこにあるのかもわからない。心臓が自分のものなのか、それともカイムに握り潰されているのかも判別できない。シオンはただ、自分という輪郭が泥のように溶け、カイムの一部として吸収されていく「死の完成」を待っていた。
——だが、その時だった。
物理世界で、何かが激しく砕ける音がした。
シオンの鼓膜を、脳の芯を、現実の衝撃が叩き割る。
「……ッ、が、ああああッ!!」
落雷に打たれたような衝撃と共に、シオンの意識に一筋の亀裂が走った。
強制的に引き戻された視界。
そこにあったのは、愛撫するカイムの顔ではなく、火花を散らすコンソールの基盤と、過負荷で発火し始めたデバイスの煙だった。
「……あ、は……っ、はあッ!!」
一瞬。ほんの一瞬だけ、シオンの脳に「拷問官」としての理性が戻ってきた。
自分は今、何をしていた?
自分から椅子に座り、機械に繋がり、自分を裏切った男の幻影に、魂を差し出して善がっていたのか?
「……違う……こんなの、僕は……」
血の混じった涎を拭い、シオンは震える手でデバイスを外そうとした。
正気。それは今、この瞬間のシオンにとって、どんな地獄よりも残酷な光だった。自分がどれほど無様に、どれほど悍ましく堕ちていたかを、完璧な解像度で理解してしまったからだ。
だが、彼が現実のコードに手をかけた瞬間、絶望が彼を貫いた。
指が、動かない。
それどころか、腕の感覚さえない。
脳が「外せ」と命じているのに、神経系はすでにカイムの構築した「ウイルス」に完全に乗っ取られていた。
「……え、あ……あ、あ……」
喉が、自分の意思とは無関係に、甘ったるい嬌声を上げた。
シオンの意志が「拒絶」を叫んでいるのに、肉体は、神経は、カイムの残響を求めて、熱く、激しく、卑しく疼き続けている。
「……無駄だよ、シオン」
脳内に、カイムの声が響いた。
それは幻覚ではない。シオンの脳そのものが、カイムの思考を生成する「器」へと作り替えられてしまった結果だ。
「もう、君の神経は僕なしでは快楽も、痛みも、存在さえも定義できないんだ。君がどれだけ正気に戻ろうとしても、君の身体は一生、僕を求めて泣き叫び続ける」
「やめろ……やめてくれ……ッ!」
シオンの瞳から、後悔の涙が溢れる。
一瞬だけ「我に返った」ことが、皮肉にも最大の拷問となった。
自分がどれほど取り返しのつかない場所まで来てしまったのか。それを自覚したまま、自分の肉体が歓喜に震えてカイムを欲しがる様子を、死ぬまで特等席で見せつけられるのだ。
「……あ、あ、あああああッ!!」
抗う意思を嘲笑うように、同期率が99.9%で固定される。
シオンの意識は再び、熱い闇の中へと沈み始めた。
今度は、もう「自分」が戻ってくることはない。
理性が最期に見た景色は、自分の肉体が、見えない主人の影に向かって、恍惚とした笑みを浮かべながら跪く姿だった。
【同期率:99%……臨界点まで、残り1%】
仮想空間「繭」の中は、狂ったような白光に包まれていた。シオンの視界はもはや形を成さず、ただカイムという巨大な質量に押し潰され、侵食される熱い悦びだけがすべてだった。
自分の肺がどこにあるのかもわからない。心臓が自分のものなのか、それともカイムに握り潰されているのかも判別できない。シオンはただ、自分という輪郭が泥のように溶け、カイムの一部として吸収されていく「死の完成」を待っていた。
——だが、その時だった。
物理世界で、何かが激しく砕ける音がした。
シオンの鼓膜を、脳の芯を、現実の衝撃が叩き割る。
「……ッ、が、ああああッ!!」
落雷に打たれたような衝撃と共に、シオンの意識に一筋の亀裂が走った。
強制的に引き戻された視界。
そこにあったのは、愛撫するカイムの顔ではなく、火花を散らすコンソールの基盤と、過負荷で発火し始めたデバイスの煙だった。
「……あ、は……っ、はあッ!!」
一瞬。ほんの一瞬だけ、シオンの脳に「拷問官」としての理性が戻ってきた。
自分は今、何をしていた?
自分から椅子に座り、機械に繋がり、自分を裏切った男の幻影に、魂を差し出して善がっていたのか?
「……違う……こんなの、僕は……」
血の混じった涎を拭い、シオンは震える手でデバイスを外そうとした。
正気。それは今、この瞬間のシオンにとって、どんな地獄よりも残酷な光だった。自分がどれほど無様に、どれほど悍ましく堕ちていたかを、完璧な解像度で理解してしまったからだ。
だが、彼が現実のコードに手をかけた瞬間、絶望が彼を貫いた。
指が、動かない。
それどころか、腕の感覚さえない。
脳が「外せ」と命じているのに、神経系はすでにカイムの構築した「ウイルス」に完全に乗っ取られていた。
「……え、あ……あ、あ……」
喉が、自分の意思とは無関係に、甘ったるい嬌声を上げた。
シオンの意志が「拒絶」を叫んでいるのに、肉体は、神経は、カイムの残響を求めて、熱く、激しく、卑しく疼き続けている。
「……無駄だよ、シオン」
脳内に、カイムの声が響いた。
それは幻覚ではない。シオンの脳そのものが、カイムの思考を生成する「器」へと作り替えられてしまった結果だ。
「もう、君の神経は僕なしでは快楽も、痛みも、存在さえも定義できないんだ。君がどれだけ正気に戻ろうとしても、君の身体は一生、僕を求めて泣き叫び続ける」
「やめろ……やめてくれ……ッ!」
シオンの瞳から、後悔の涙が溢れる。
一瞬だけ「我に返った」ことが、皮肉にも最大の拷問となった。
自分がどれほど取り返しのつかない場所まで来てしまったのか。それを自覚したまま、自分の肉体が歓喜に震えてカイムを欲しがる様子を、死ぬまで特等席で見せつけられるのだ。
「……あ、あ、あああああッ!!」
抗う意思を嘲笑うように、同期率が99.9%で固定される。
シオンの意識は再び、熱い闇の中へと沈み始めた。
今度は、もう「自分」が戻ってくることはない。
理性が最期に見た景色は、自分の肉体が、見えない主人の影に向かって、恍惚とした笑みを浮かべながら跪く姿だった。
