Ch.7:サンクチュアリ・リーク

カイムから届いた「同期率、まだ下がっていないだろう?」というメッセージ。それはシオンにとって、死刑宣告であると同時に、抗いがたい福音でもあった。

シオンは震える手で、部屋のすべての明かりを消した。暗闇の中、モニターの冷たい青色だけが彼の顔を死人のように照らし出す。彼は、もう一度あの椅子に座った。かつてカイムを縛り付けたその椅子に、今は自分自身を、誰に命じられることもなく拘束ベルトで固定していく。

「……あ、は……っ」

後頭部の端子に、デバイスのプラグを差し込む。カチリ、という硬質な音が、シオンの理性が折れる音のように響いた。

【システム起動。同期率:40%……55%……70%】

上昇する数値と共に、シオンの意識は急速に「繭(コクーン)」へと沈んでいく。だが、今回の繭はいつもと違っていた。シオンが構築したはずの仮想空間は、すでにカイムの残留思念によって「改竄」されていた。

床からはどろりとした赤黒い液体がせり上がり、壁一面には、カイムがかつて味わわされた苦痛の記憶が、内臓をぶちまけたような色彩で描き出されている。

「……待っていたよ、シオン」

背後から、温かい吐息が耳元を掠めた。
振り返る間もなく、シオンの体は「見えない腕」によって椅子に縫い付けられる。

「君が自分から繋ぎに来るなんてね。よっぽど、俺の毒が心地よかったんだ」

シオンの視界に、カイムの姿が形を成していく。
仮想空間の中のカイムは、現実よりも巨大で、圧倒的な捕食者のオーラを放っていた。カイムの手には、シオンが彼を拷問した時に使った、あの鋭いメスが握られている。

「……ねえ、シオン。君が俺にしたこと、全部、君の体で『お返し』してあげる」

「あ、ああッ……!」

メスがシオンの仮想の胸元に突き立てられた。
本来なら、遮断(カット)すべき激痛。だが、シオンは自ら設定した「感度上昇」のコードにより、その痛みを数倍に膨れ上がらせて受け入れた。

痛い。死ぬほど痛い。
なのに、その痛みが神経を通るたびに、シオンの脳内では強烈なドーパミンが噴出し、絶望的なまでの快楽へと変換される。

「ひ、ぐ……あ、あああああ……ッ!!」

シオンの体が弓なりに反り、白目を剥く。
カイムは慈しむような手つきで、シオンの腹部を縦に割り、そこから溢れ出した神経の束を指に絡め取った。

「見てごらん。君の『ナカ』は、こんなに俺の色に染まっている」

「……は、あ……カイム、さま……もっと……壊して……っ」

シオンの口から、拷問官としてはあるまじき、隷属を誓う言葉が漏れた。
彼は気づいていた。この接続を続ければ、脳のニューロンは焼き切れ、二度と「人間」としての日常には戻れなくなることを。だが、カイムに内側から侵食され、自分という個が崩壊していく感覚は、何物にも代えがたい「救済」だった。

シオンは、自らの意思で同期率の制限(リミッター)を解除した。

【同期率:85%……上昇中】

現実の世界では、シオンの肉体が激しく痙攣し、口角からは糸を引くように涎が垂れている。だが、彼の瞳に宿る恍惚とした光は、もはや現実の光を必要としていなかった。

彼は、カイムという名の地獄に、自ら聖域を差し出したのだ。
破滅へのカウントダウンは、もう誰にも止められなかった。
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