Ch.5:バック・ハック
第五章:鏡合わせの堕落
カイムを解放してから、シオンの夜は不透明な毒に浸食されていた。
眠ることは、もはや休息ではない。それは、自分の精神が構築した「最悪の劇場」への強制的な招待状だった。
夢の中の「繭(コクーン)」は、現実よりもどす黒く、腐ったネオンの色彩に満ちている。
シオンは、その空間の隅で立ち尽くしていた。
目の前で繰り広げられている光景を、他人事のように、あるいは神の視点で見せつけられている。
中央の拘束椅子に縛り付けられているのは、自分だった。
いや、それはシオンの姿をした、剥き出しの「欲望」そのものだ。
「……あ、はあッ、ああ……っ!」
椅子に座るもう一人のシオンが、悶絶しながら腰を跳ねさせている。
その正面にはカイムがいた。カイムは冷酷な笑みを浮かべ、同期デバイスの出力を限界まで引き上げている。デバイスの端子からは、赤黒いノイズが触手のように伸び、座っているシオンの全身を這い回り、粘膜を侵食し、神経を焼き切っていた。
見ている側のシオンは、吐き気を感じた。
だが、椅子に座る「自分」はどうだ。
彼は、カイムに腹を裂かれ、内臓を弄り回される激痛の最中にありながら、あろうことか恍惚とした表情を浮かべていた。白濁した瞳からは大粒の涙を流し、カイムに触れられるたびに、甘ったるい嬌声を上げて縋り付いている。
「もっと……カイム、壊して……全部、僕の中に……」
精神が100%繋がった状態での、禁断の結合。
痛みと快楽が未分化のまま脳を焼き、椅子に座るシオンは、自分を壊し尽くす捕食者の腕の中で、この世のものとは思えない悦びに打ち震えている。
その凄惨で淫らな光景に、シオンは目を逸らそうとした。
しかし、その時。
椅子に座り、カイムに抱かれながら善がっていた「自分」が、ふとこちらを振り向いたのだ。
ぐちゃぐちゃに乱れた髪、欲情に染まった頬。そいつは、冷ややかにシオンを見据えて、嗤った。
『……何をそんなに怯えてるんだ?』
その声は、シオンの脳の芯を直接引っ掻くように響いた。
『本当は、望んでいるんだろう? 支配されることも、壊されることも。機械のノイズに紛れて、こいつの毒に完全に浸食されることを……お前は、至福だと感じているはずだ』
「……違う」
シオンは首を振った。だが、椅子に座る「自分」は、カイムの愛撫を受け入れながら、さらに残酷に追い詰めてくる。
『お前の下半身が、こんなにも熱いのはなぜだ? 答えろよ、シオン。お前はもう、俺なんだ』
「違う、違うんだ……ッ!」
逃げ場のない仮想の牢獄で、シオンは絶叫した。
「そんなはずがない! 僕はあんな奴、大嫌いだ……っ! 違うんだ!!」
「……ッ、はあ、はあ、はあッ……!!」
シオンは跳ね起き、ベッドの上で激しく肩で息をした。
部屋の隅で、空気清浄機の作動音が小さく鳴っている。酸性雨の音が、硝子越しに現実に引き戻してくれる。
だが、身体は嘘をつかなかった。
心臓は早鐘を打ち、全身を不快な脂汗が覆っている。そして、否定したはずの欲望は無残にも肉体に刻まれており、下半身は夢の中の「自分」が感じていた熱をそのまま引き継ぐように、重く、固く昂っていた。
「……あ、あぐ……っ」
シオンは顔を覆い、呻くように声を漏らした。
あの夢の中の「自分」の目は、確かに真実を射抜いていた。
カイムという毒を他人に注入していたつもりが、いつの間にか自分自身がその毒の中毒者になっていたという、認めたくない最悪の事実。
罪悪感。嫌悪感。そして、それを上回るほどの、抗いがたい熱の残響。
シオンは震える手でシーツを握りしめ、二度と来ないはずの安らかな眠りを求めて、暗闇の中でただ一人、嗚咽を漏らし続けた。
カイムを解放してから、シオンの夜は不透明な毒に浸食されていた。
眠ることは、もはや休息ではない。それは、自分の精神が構築した「最悪の劇場」への強制的な招待状だった。
夢の中の「繭(コクーン)」は、現実よりもどす黒く、腐ったネオンの色彩に満ちている。
シオンは、その空間の隅で立ち尽くしていた。
目の前で繰り広げられている光景を、他人事のように、あるいは神の視点で見せつけられている。
中央の拘束椅子に縛り付けられているのは、自分だった。
いや、それはシオンの姿をした、剥き出しの「欲望」そのものだ。
「……あ、はあッ、ああ……っ!」
椅子に座るもう一人のシオンが、悶絶しながら腰を跳ねさせている。
その正面にはカイムがいた。カイムは冷酷な笑みを浮かべ、同期デバイスの出力を限界まで引き上げている。デバイスの端子からは、赤黒いノイズが触手のように伸び、座っているシオンの全身を這い回り、粘膜を侵食し、神経を焼き切っていた。
見ている側のシオンは、吐き気を感じた。
だが、椅子に座る「自分」はどうだ。
彼は、カイムに腹を裂かれ、内臓を弄り回される激痛の最中にありながら、あろうことか恍惚とした表情を浮かべていた。白濁した瞳からは大粒の涙を流し、カイムに触れられるたびに、甘ったるい嬌声を上げて縋り付いている。
「もっと……カイム、壊して……全部、僕の中に……」
精神が100%繋がった状態での、禁断の結合。
痛みと快楽が未分化のまま脳を焼き、椅子に座るシオンは、自分を壊し尽くす捕食者の腕の中で、この世のものとは思えない悦びに打ち震えている。
その凄惨で淫らな光景に、シオンは目を逸らそうとした。
しかし、その時。
椅子に座り、カイムに抱かれながら善がっていた「自分」が、ふとこちらを振り向いたのだ。
ぐちゃぐちゃに乱れた髪、欲情に染まった頬。そいつは、冷ややかにシオンを見据えて、嗤った。
『……何をそんなに怯えてるんだ?』
その声は、シオンの脳の芯を直接引っ掻くように響いた。
『本当は、望んでいるんだろう? 支配されることも、壊されることも。機械のノイズに紛れて、こいつの毒に完全に浸食されることを……お前は、至福だと感じているはずだ』
「……違う」
シオンは首を振った。だが、椅子に座る「自分」は、カイムの愛撫を受け入れながら、さらに残酷に追い詰めてくる。
『お前の下半身が、こんなにも熱いのはなぜだ? 答えろよ、シオン。お前はもう、俺なんだ』
「違う、違うんだ……ッ!」
逃げ場のない仮想の牢獄で、シオンは絶叫した。
「そんなはずがない! 僕はあんな奴、大嫌いだ……っ! 違うんだ!!」
「……ッ、はあ、はあ、はあッ……!!」
シオンは跳ね起き、ベッドの上で激しく肩で息をした。
部屋の隅で、空気清浄機の作動音が小さく鳴っている。酸性雨の音が、硝子越しに現実に引き戻してくれる。
だが、身体は嘘をつかなかった。
心臓は早鐘を打ち、全身を不快な脂汗が覆っている。そして、否定したはずの欲望は無残にも肉体に刻まれており、下半身は夢の中の「自分」が感じていた熱をそのまま引き継ぐように、重く、固く昂っていた。
「……あ、あぐ……っ」
シオンは顔を覆い、呻くように声を漏らした。
あの夢の中の「自分」の目は、確かに真実を射抜いていた。
カイムという毒を他人に注入していたつもりが、いつの間にか自分自身がその毒の中毒者になっていたという、認めたくない最悪の事実。
罪悪感。嫌悪感。そして、それを上回るほどの、抗いがたい熱の残響。
シオンは震える手でシーツを握りしめ、二度と来ないはずの安らかな眠りを求めて、暗闇の中でただ一人、嗚咽を漏らし続けた。
