Ch.3:ブラック・アウト
「……ッ、違う……っ!」
シオンは叫ぶと同時に、震える指でコンソールの緊急停止(エマージェンシー)シーケンスを叩いた。
【同期率:88%……警告、強制遮断を開始します】
モニターに走る不吉な赤い警告灯が、狭い室内を断続的に照らし出す。脳の深部に直接突き立てられていた神経の棘が、無理やり引き抜かれるような激痛。シオンは喉の奥からせり上がる吐き気を堪え、コンソールの縁を白くなるほど強く握りしめた。
視界を埋め尽くしていた極彩色のノイズが霧散し、現実の「重力」が戻ってくる。
カビ臭い空気、酸性雨が窓を叩く音、そして——。
「はっ、はあ、はあ……っ……」
目の前の拘束椅子で、ガクガクと全身を震わせ、浅い呼吸を繰り返すカイム。
いつもなら、シオンは同期率が90%を超え、対象の自我が完全に溶け落ちる寸前の「静寂」を見るまで止めることはなかった。それが拷問官としてのプライドであり、彼の唯一の快楽だったからだ。
だが、今は違った。
シオンはカイムの顔を直視できず、逃げるように視線を逸らした。
(お前の居場所が、俺の中に増えていくんだ——)
脳裏にこびりついて離れない、カイムのあの声。
あれは仮想空間が見せた幻覚などではない。同期の糸を伝って直接シオンの魂に刻み込まれた、カイムの「確信」だ。
「……何を、言ってるんだ……あんなの……ただの、バグだ……」
自分を言い聞かせるように呟くシオンの声は、情けないほどに震えていた。
カイムを壊していると思っていた。だが、実際に削り取られていたのは自分の方ではないのか。カイムの痛みを吸い上げるたび、自分の空っぽな心の中に、カイムという猛毒が流れ込み、自分を内側から作り替えていたのではないか。
その「恐怖」を否定するために、彼は装置を止めた。これ以上、彼の中に踏み込めば、二度と自分に戻れなくなるという本能的な拒絶反応だった。
「……シオン……」
不意に、掠れた声が部屋に響いた。
シオンの肩がびくりと跳ねる。
「……どうした……? 最後まで……やって、くれよ……」
カイムが、ゆっくりと顔を上げた。
デバイスを引き抜かれた後頭部からは、微かな熱気が立ち上っている。白濁した瞳に光が戻り、彼は拘束具に縛られたまま、惨めに床に這いつくばるシオンを見下ろして笑った。
「怖いのか……? 俺と……一つになるのが……。お前が欲しがった『俺』が……お前を飲み込み始めてるのが……」
「黙れッ!!」
シオンは手近にあったパイプを掴み、カイムの足元へ投げつけた。金属音が虚しく響き渡る。
「僕は、君を尋問しているだけだ……。君を壊して、情報を引き出す。それだけなんだ。それ以上のことなんて、あるはずがない……っ!」
カイムの瞳を直視できないまま、シオンは逃げるように部屋の隅へと後ずさった。
だが、装置を止めたはずなのに、脳の奥ではまだ、カイムの心拍のリズムが脈打っている。神経に刻まれた熱い残響が、シオンの身体をじわじわと侵食し続けていた。
物理的な接続は切れた。
しかし、シオンの精神に深く食い込んだカイムの影は、もはや機械のスイッチ一つで消せるようなものではなくなっていた。
「……シオン。お前はもう……逃げられないぞ」
暗闇の中で、カイムの囁きだけが、ネオンの光よりも鮮明にシオンの鼓動を支配していた。
シオンは叫ぶと同時に、震える指でコンソールの緊急停止(エマージェンシー)シーケンスを叩いた。
【同期率:88%……警告、強制遮断を開始します】
モニターに走る不吉な赤い警告灯が、狭い室内を断続的に照らし出す。脳の深部に直接突き立てられていた神経の棘が、無理やり引き抜かれるような激痛。シオンは喉の奥からせり上がる吐き気を堪え、コンソールの縁を白くなるほど強く握りしめた。
視界を埋め尽くしていた極彩色のノイズが霧散し、現実の「重力」が戻ってくる。
カビ臭い空気、酸性雨が窓を叩く音、そして——。
「はっ、はあ、はあ……っ……」
目の前の拘束椅子で、ガクガクと全身を震わせ、浅い呼吸を繰り返すカイム。
いつもなら、シオンは同期率が90%を超え、対象の自我が完全に溶け落ちる寸前の「静寂」を見るまで止めることはなかった。それが拷問官としてのプライドであり、彼の唯一の快楽だったからだ。
だが、今は違った。
シオンはカイムの顔を直視できず、逃げるように視線を逸らした。
(お前の居場所が、俺の中に増えていくんだ——)
脳裏にこびりついて離れない、カイムのあの声。
あれは仮想空間が見せた幻覚などではない。同期の糸を伝って直接シオンの魂に刻み込まれた、カイムの「確信」だ。
「……何を、言ってるんだ……あんなの……ただの、バグだ……」
自分を言い聞かせるように呟くシオンの声は、情けないほどに震えていた。
カイムを壊していると思っていた。だが、実際に削り取られていたのは自分の方ではないのか。カイムの痛みを吸い上げるたび、自分の空っぽな心の中に、カイムという猛毒が流れ込み、自分を内側から作り替えていたのではないか。
その「恐怖」を否定するために、彼は装置を止めた。これ以上、彼の中に踏み込めば、二度と自分に戻れなくなるという本能的な拒絶反応だった。
「……シオン……」
不意に、掠れた声が部屋に響いた。
シオンの肩がびくりと跳ねる。
「……どうした……? 最後まで……やって、くれよ……」
カイムが、ゆっくりと顔を上げた。
デバイスを引き抜かれた後頭部からは、微かな熱気が立ち上っている。白濁した瞳に光が戻り、彼は拘束具に縛られたまま、惨めに床に這いつくばるシオンを見下ろして笑った。
「怖いのか……? 俺と……一つになるのが……。お前が欲しがった『俺』が……お前を飲み込み始めてるのが……」
「黙れッ!!」
シオンは手近にあったパイプを掴み、カイムの足元へ投げつけた。金属音が虚しく響き渡る。
「僕は、君を尋問しているだけだ……。君を壊して、情報を引き出す。それだけなんだ。それ以上のことなんて、あるはずがない……っ!」
カイムの瞳を直視できないまま、シオンは逃げるように部屋の隅へと後ずさった。
だが、装置を止めたはずなのに、脳の奥ではまだ、カイムの心拍のリズムが脈打っている。神経に刻まれた熱い残響が、シオンの身体をじわじわと侵食し続けていた。
物理的な接続は切れた。
しかし、シオンの精神に深く食い込んだカイムの影は、もはや機械のスイッチ一つで消せるようなものではなくなっていた。
「……シオン。お前はもう……逃げられないぞ」
暗闇の中で、カイムの囁きだけが、ネオンの光よりも鮮明にシオンの鼓動を支配していた。
