8.それは本当に最善だったか
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8.それは本当に最善だったか
8-1
「グラララララ!それで来たのかァ!!」
大きな体。広い部屋中に響くような声。振動なのか体にびりっと来る。私は機嫌よさげに笑う「親父」さんに同じように笑い返した。
「挨拶が遅くなってすみませんでした。ユリトと言います。船に乗せてくださってありがとうございます」
「グララララ!気にすんなァ!」
どうだ船は、と聞かれてとても楽しいですと答えた。皆さん優しくて、個性的で毎日楽しく過ごしている、と重ねれば嬉しそうに笑われた。
私の後ろにはイゾウさんとマルコさんとたんこぶを増やしたエースさんがいて、エースさんの積み重なったたんこぶが私はそろそろ心配だ。……治るんだろうか。
親父さんに会いたい、と言ったらエースさんはいいぞ!と笑顔だったが、三人がひきつった笑みを浮かべた理由は 船長室に入れてもらってすぐに分かった。親父さんはとても元気そうだがその大きな体にたくさんの医療器具がつながれていていたのだ。
「最初に言っておくが、俺ァおめェの血なんかこれっぽっちも興味がねェからな」
「そうでしょうね」
もし興味があるならさっさと血を採ればいいのだからそれはない。そう思っただけなのだけれど「そうでしょうね」と答えた私にほっとしたように息を吐いたのはマルコさんで、イゾウさんもやっぱりな、と言う顔はしていたけれど少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
「私を親父さんに会わせなかった理由はやっぱり親父さんが理由ですか」
「……血が欲しいがために船に乗せてる、と思われても仕方がねえからよい」
下手に会わせるより、ちゃんと信頼を得てから会わせようと思っていたのだとマルコさんは言った。それは親父さんも好きにしろ、と言っていたようでだからイゾウさんも会わせない方向で過ごさせていたのだと。
どうして会えないのか気になっていた。例えば親父さんには限られた人にしか会えないだとか、プライドがすごく高いとか、本当はいないのかとか、いろいろ考えたのだが、クルーのみんなが話す親父さんからはそんなことは絶対なくて、だからこそしっかり挨拶しておきたいと思っていた。こうして話してみて、その雰囲気だとか、話し方からやっぱり器の大きな人なんだなと思う。
「どうして血に興味がねェことを信じる?」
「申し訳ないですが、親父さんの言葉を信じているのではありません。私はイゾウさんが約束してくれたことを信じているだけです」
あの日私を助けに来てくれたのはこの船の全員だが、実際にあの時「助けて」と言う言葉に手を掴んでくれたのはイゾウさんだった。そして「手を取った以上責任は持つ」と言ってくれたのも彼だ。そもそもそのイゾウさんが血には興味ない、殺すつもりもないと言ったのだから私は疑う理由がないし、数日過ごして船のみんながすごく優しくていい人だということも分かった。こんなに良くしてもらって疑うなど私にはできない。
「俺たちは海賊だァ。約束を破るとは思わねェのか」
「その時はその時です。信じたのは私ですから恨むのは私自身です」
はっきりと言い切れば、大きな笑い声が響き渡った。その瞬間後ろからたくましい腕に抱き寄せられたかと思うと、わしゃわしゃと髪を撫でられた。その手を掴み止めながら上を向けば機嫌よさげに笑うイゾウさんの顔が目に入って。
「利口だな」
ますます気に入ったと腹に回っている腕に力がこもった。抜け出そうにも力の差がありすぎて無理なのを早々に悟った私は溜息一つ。ちらっとマルコさんとエースさんの方を見ると信じられないものを見た、と言いたげな目をこちらに向けていて私は何か変なことを言ったかと首を傾げた。
今日は宴だァ、と言う親父さんに私からも聞きたいことがあってあの、と手を挙げた。回されていた腕が緩んだ。これ幸いと私は腕の中から抜け出して、親父さんへと一歩近づいた。
「私は元の世界に帰りたいんですが、どうしたらいいんですか」
そう、私は帰らなくてはいけないのだ。イゾウさんは帰り方を教えてくれなかった。聞いたが、親父さんに聞けと言い、そのくせ親父さんには合わせてくれなかったのだからひどいものだ。
親父さんが大きな手で近くに会った本棚から本を一冊抜き取り、そこから一枚の写真を取り出して私に見せてくれた。
私は驚きに目を見開く。これは。
「お父さん……?」
「ああ、そうだ」
真ん中に少し若いが私の父親が。その周りに少し若い親父さんと、隊長さんたちが何人か。それからクルーの人たちが囲むように映っている。みんな楽しそうで、同じように楽しそうに笑って映っているのは間違いなく私の父親だ。
どういうことだ、と目で問えば親父さんは酒を煽った。
「イゾウから古い御伽噺は聞いただろう。あの落ちてきた男って言うのがおめェの父親だ」
それはちょうど二十年ほど前らしい。まだ、この船の隊長さんもそろっていないこの船はあの島を訪れたのだという。その時島は謎の病が流行っていて壊滅状態だと連絡を受け、医者や看護師を集めて治療に島に降りたら、私の父がいたんだと。そして父が、「この島の病は俺が治した」と言ったそうだ。
本当に島の住人は元気そうだったが、念のためと医者がその病気について調べたらしい。そしたらその病気はまだ治療法がない病気だったのだ。治る薬があるなら知りたいと医者は父に尋ねた。
「そしたらなァ、『治療薬は俺の血だから、よければ全部もらってくれませんか』と、おめえの父親は言ったんだァ」
血を全部もらう、と言うのが死を意味するのは言わずもがなだが、それでいいから血を役立ててほしいと父は言ったのだと親父さんは笑った。
「俺はおめぇの父親と話したがなかなか面白ェハナッタれな男だったぜ。『まだ幼い子どもがいるから戻らないといけないが、戻るにはこの世界で死ななくちゃいけない。でも死ぬのは怖いから、ゆっくり血を抜いてくれねェか』ってなァ」
それからひと月ほど、父と白ひげ海賊団はその島で過ごしたのだという。親父さんは父の願いを聞いて医者に毎日少しずつ多めの血を採り、動けるうちはお互いの世界の話をし、遊び、笑い、時にはけんかをしてあっという間だったと。
「島を救ったのはおめぇの父親だからな、俺ァ何か欲しいものはあるかと聞いた。そしたらあいつァ帰る間際に『もしこっちに俺の子どもが来たら、もっといろんなものを見せに連れて行ってやってくれ』と笑って約束取り付けやがってなァ。俺が返事をする前に消えちまった」
この世界の人間ではないというのは親父さんも半信半疑だったらしいが、本当に最後は消えていなくなってしまったらしい。まるで空気にとけるようだったと親父さんは語った。
「そしておめえが来た」
御伽噺はいろんな話が混ざってあることないこと広まった結果らしく、島ではその御伽噺が有名だから、私の腕の包帯については謝られた。面白がって住民たちが試してしまったから、もっとしっかり伝えておけばよかったと言われたが、私はそれに首を振った。それは親父さんたちが謝ることではない。
「元の世界に戻りたいか?」
「……そう、ですね」
言い淀んだ私が意外だったのか周りの空気が少し揺れた。私はそれに苦笑いを溢す。
こくり、と唾を飲み込んだ。その音がやけに大きく聞こえた気がして嫌になった。
戻りたくないわけではない。けれど。
「父がいろんなものを見てこい、と言っているのなら見てから……帰ります」
そう言えば、「いくらでも見ていけ」と親父さんは笑った。
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「グラララララ!それで来たのかァ!!」
大きな体。広い部屋中に響くような声。振動なのか体にびりっと来る。私は機嫌よさげに笑う「親父」さんに同じように笑い返した。
「挨拶が遅くなってすみませんでした。ユリトと言います。船に乗せてくださってありがとうございます」
「グララララ!気にすんなァ!」
どうだ船は、と聞かれてとても楽しいですと答えた。皆さん優しくて、個性的で毎日楽しく過ごしている、と重ねれば嬉しそうに笑われた。
私の後ろにはイゾウさんとマルコさんとたんこぶを増やしたエースさんがいて、エースさんの積み重なったたんこぶが私はそろそろ心配だ。……治るんだろうか。
親父さんに会いたい、と言ったらエースさんはいいぞ!と笑顔だったが、三人がひきつった笑みを浮かべた理由は 船長室に入れてもらってすぐに分かった。親父さんはとても元気そうだがその大きな体にたくさんの医療器具がつながれていていたのだ。
「最初に言っておくが、俺ァおめェの血なんかこれっぽっちも興味がねェからな」
「そうでしょうね」
もし興味があるならさっさと血を採ればいいのだからそれはない。そう思っただけなのだけれど「そうでしょうね」と答えた私にほっとしたように息を吐いたのはマルコさんで、イゾウさんもやっぱりな、と言う顔はしていたけれど少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
「私を親父さんに会わせなかった理由はやっぱり親父さんが理由ですか」
「……血が欲しいがために船に乗せてる、と思われても仕方がねえからよい」
下手に会わせるより、ちゃんと信頼を得てから会わせようと思っていたのだとマルコさんは言った。それは親父さんも好きにしろ、と言っていたようでだからイゾウさんも会わせない方向で過ごさせていたのだと。
どうして会えないのか気になっていた。例えば親父さんには限られた人にしか会えないだとか、プライドがすごく高いとか、本当はいないのかとか、いろいろ考えたのだが、クルーのみんなが話す親父さんからはそんなことは絶対なくて、だからこそしっかり挨拶しておきたいと思っていた。こうして話してみて、その雰囲気だとか、話し方からやっぱり器の大きな人なんだなと思う。
「どうして血に興味がねェことを信じる?」
「申し訳ないですが、親父さんの言葉を信じているのではありません。私はイゾウさんが約束してくれたことを信じているだけです」
あの日私を助けに来てくれたのはこの船の全員だが、実際にあの時「助けて」と言う言葉に手を掴んでくれたのはイゾウさんだった。そして「手を取った以上責任は持つ」と言ってくれたのも彼だ。そもそもそのイゾウさんが血には興味ない、殺すつもりもないと言ったのだから私は疑う理由がないし、数日過ごして船のみんながすごく優しくていい人だということも分かった。こんなに良くしてもらって疑うなど私にはできない。
「俺たちは海賊だァ。約束を破るとは思わねェのか」
「その時はその時です。信じたのは私ですから恨むのは私自身です」
はっきりと言い切れば、大きな笑い声が響き渡った。その瞬間後ろからたくましい腕に抱き寄せられたかと思うと、わしゃわしゃと髪を撫でられた。その手を掴み止めながら上を向けば機嫌よさげに笑うイゾウさんの顔が目に入って。
「利口だな」
ますます気に入ったと腹に回っている腕に力がこもった。抜け出そうにも力の差がありすぎて無理なのを早々に悟った私は溜息一つ。ちらっとマルコさんとエースさんの方を見ると信じられないものを見た、と言いたげな目をこちらに向けていて私は何か変なことを言ったかと首を傾げた。
今日は宴だァ、と言う親父さんに私からも聞きたいことがあってあの、と手を挙げた。回されていた腕が緩んだ。これ幸いと私は腕の中から抜け出して、親父さんへと一歩近づいた。
「私は元の世界に帰りたいんですが、どうしたらいいんですか」
そう、私は帰らなくてはいけないのだ。イゾウさんは帰り方を教えてくれなかった。聞いたが、親父さんに聞けと言い、そのくせ親父さんには合わせてくれなかったのだからひどいものだ。
親父さんが大きな手で近くに会った本棚から本を一冊抜き取り、そこから一枚の写真を取り出して私に見せてくれた。
私は驚きに目を見開く。これは。
「お父さん……?」
「ああ、そうだ」
真ん中に少し若いが私の父親が。その周りに少し若い親父さんと、隊長さんたちが何人か。それからクルーの人たちが囲むように映っている。みんな楽しそうで、同じように楽しそうに笑って映っているのは間違いなく私の父親だ。
どういうことだ、と目で問えば親父さんは酒を煽った。
「イゾウから古い御伽噺は聞いただろう。あの落ちてきた男って言うのがおめェの父親だ」
それはちょうど二十年ほど前らしい。まだ、この船の隊長さんもそろっていないこの船はあの島を訪れたのだという。その時島は謎の病が流行っていて壊滅状態だと連絡を受け、医者や看護師を集めて治療に島に降りたら、私の父がいたんだと。そして父が、「この島の病は俺が治した」と言ったそうだ。
本当に島の住人は元気そうだったが、念のためと医者がその病気について調べたらしい。そしたらその病気はまだ治療法がない病気だったのだ。治る薬があるなら知りたいと医者は父に尋ねた。
「そしたらなァ、『治療薬は俺の血だから、よければ全部もらってくれませんか』と、おめえの父親は言ったんだァ」
血を全部もらう、と言うのが死を意味するのは言わずもがなだが、それでいいから血を役立ててほしいと父は言ったのだと親父さんは笑った。
「俺はおめぇの父親と話したがなかなか面白ェハナッタれな男だったぜ。『まだ幼い子どもがいるから戻らないといけないが、戻るにはこの世界で死ななくちゃいけない。でも死ぬのは怖いから、ゆっくり血を抜いてくれねェか』ってなァ」
それからひと月ほど、父と白ひげ海賊団はその島で過ごしたのだという。親父さんは父の願いを聞いて医者に毎日少しずつ多めの血を採り、動けるうちはお互いの世界の話をし、遊び、笑い、時にはけんかをしてあっという間だったと。
「島を救ったのはおめぇの父親だからな、俺ァ何か欲しいものはあるかと聞いた。そしたらあいつァ帰る間際に『もしこっちに俺の子どもが来たら、もっといろんなものを見せに連れて行ってやってくれ』と笑って約束取り付けやがってなァ。俺が返事をする前に消えちまった」
この世界の人間ではないというのは親父さんも半信半疑だったらしいが、本当に最後は消えていなくなってしまったらしい。まるで空気にとけるようだったと親父さんは語った。
「そしておめえが来た」
御伽噺はいろんな話が混ざってあることないこと広まった結果らしく、島ではその御伽噺が有名だから、私の腕の包帯については謝られた。面白がって住民たちが試してしまったから、もっとしっかり伝えておけばよかったと言われたが、私はそれに首を振った。それは親父さんたちが謝ることではない。
「元の世界に戻りたいか?」
「……そう、ですね」
言い淀んだ私が意外だったのか周りの空気が少し揺れた。私はそれに苦笑いを溢す。
こくり、と唾を飲み込んだ。その音がやけに大きく聞こえた気がして嫌になった。
戻りたくないわけではない。けれど。
「父がいろんなものを見てこい、と言っているのなら見てから……帰ります」
そう言えば、「いくらでも見ていけ」と親父さんは笑った。