2.経過
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雨が降っている。数歩先の景色が見えないくらい、鋭く激しい大雨だ。
凄惨たる戦場の跡にぽつりと佇む人影が見える。
その周りには数えきれない人であった残骸。
たった一人で立ち尽くしている人物は、泣いている。ずっとずっと、声を上げて泣いている。
そうか、これは記憶なのか。
(わたしのきおく……あの日のわたし……)
遠く離れた場所から、あの豪雨の中の自分を客観的に見ている夢。そう思っていた。
ゆっくり近づいていくと、その人物の顔が鮮明になっていく。
その人は、
戦場の真ん中に立ち尽くし、泣き濡れる人物は、知らないひとだった。
*
「すっかり仲良しなんだな、嬢ちゃん」
この方と二人だけになるのは初めてだ。
どう振る舞えばいいのかわからない少女は、一度だけ頷いて、その人の言葉に応えた。
ことは少しだけ前にさかのぼる。
「……っくしゅ、」
「寒いのかい?」
動物たちとは比較的打ち解けている少女は、今日も前田家の広々とした庭で慶次と共に過ごしていた。
今日は風が強く、少し肌寒くなってきたところでくしゃみが出た。
抱き上げる抱き上げないでまた一悶着起きるのはもはや想定するまでもないので、慶次はさっさと自分で動く決断をし、急いで上着を取りに屋内に戻って行った。
(…ありがとう、って言わなきゃいけないのに、……言うの…こわい)
遠ざかっていく背中を申し訳なさそうに見つめていると、近くにいた狼の子どもの四郎丸が少女にすり寄ってきた。風に当たって冷えた身体にぴったり引っ付いてきた。
「しろうくん…、あったかいです」
「わふっ」
ゆっくりと四郎丸を撫でていたところ、少女の元に現れたのが前田家主、利家だった。
「嬢ちゃんは動物が好きなんだってな!」
「…ぅ、…と…」
「動物はな、喉元をこうやって撫でてやると喜ぶぞ」
優しい手つきで利家が四郎丸の喉を撫でると気持ちよさそうに四郎丸もじゃれ始めた。
利家の仕草にはなぜか既視感があった。慎重に記憶を探っていくと思い出した。
「そのなでかた…ちちうえ、も」
「うん?父上殿もやっていたのか!気持ちよさそうにしていただろう!」
「……は、い」
「なら、嬢ちゃんもやってみよう。ほら」
間を置かず、屈託のない笑顔で少女の手を取ると、利家は四郎丸の喉元へあてがった。
見ていた通りに少女が撫でると、四郎丸は気持ちよさそうに尻尾を揺らす。
信頼して寛いでくれる様子に、知らず知らずのうちに笑みがこぼれた。
「かわいい笑顔だな、嬢ちゃん」
「…しろうくん、かわいいで、す」
「嬢ちゃんのことだぞ」
「…!!」
咄嗟に離れるよりも先に利家の褐色の掌が少女の頭に触れた。
頭は……父によく撫でられていた。
途端に身体が強張った。
それを見かねた利家はにんまり笑うと、
「わんっ」
「……?」
「わん、わんわん!」
おどけたように犬の鳴き真似をし始めた。それだけではなく、両手を地面に着け、足を外に開いて、まるで座り方まで四郎丸の真似をして。
突然どうしたのかと、少女は混乱していたのだが…、
「わんわん!くぅーん!」
「……、ぅ…………よ、よ…し、よーし…?」
押し負けたのか、あるいは本物の犬みたいだと考えたのか、気づけば教えてもらったように利家の喉元を撫でていた。
「ははは!くすぐったいぞぉ!お返しだぁうりゃあ〜っ」
「ぅわっ!?…ひっ、ぅ、…ふふ…っ」
撫でた途端に首元を撫で返され、もはやくすぐりのようになって、こらえきれず少女も笑い出した。
そうして慶次が戻ってきた頃には、じゃれあうように二人が笑い合っている状況が完成していた。
「利、何やってんだ!?」
「おお!慶次!楽しいぞっ」
「ぅ、ふ…ははっ!も、もう……!とし、いえさま……っ!」
ぱたぱた暴れて明らかに少女の方は離れようとしているが、利家はこのごっこ遊びをやめる気はないらしい。
「なんか、二人ともワンコみたいだねぇ」
やや強引とはいえ、やっと少女の笑顔が見られた慶次も安堵の笑みを見せた。
「わんわん!だぞぉー!な、嬢ちゃん!ほらっ」
「ぇ……、わ…わん……?」
「わおぉーん!」
「う、わ…はは…っ、く、くすぐったい、です…!」
わおーん!と。楽しそうだと思ったのか、本物のある四郎丸まで少女と利家の間に飛び込んで来た。
慶次からしたら、もはや利家は少女に本当に犬だと思われているから親しくなれたのではないかと思いたくなってしまう。
嬉しくも悔しいから、ちょっとからかってやろうかと、慶次もイタズラを仕掛けるようにニコニコして少女に提案してやった。
「犬千代…四郎丸…………あと太郎、次郎、三郎に五郎丸がウチにいるから〜………」
「お嬢ちゃんは六郎丸!……なんちゃって!」
あるいは違います、と否定して、名前を教えてくれるかもと期待を寄せたが、当人はきょとんとしていた。
「ろくろうまる……」
それどころか、まんざらでもなさそうに復唱した。
「六郎丸か、面白いなぁ慶次!」
「い、いや、冗談なんだけど…」
「某は犬千代で、嬢ちゃんが六郎丸なら、わんわん仲間になれるな!」
「…おーい、利」
「ろくろうまる…、」
「うーん、でも女の子に『郎』や『丸』はおかしいか?―――――なら、六だ!『ろく』にしよう!」
「ろく……」
「ええ!?ちょ、ちょいと利!」
「渾名だ、慶次。いつまでも嬢ちゃんって呼ぶよりいいだろう?な?」
「ろく…」
「どうだ?」
戸惑いながらも、ゆっくり少女は頷いた。ここで否定したら、後にまた名前について問われる気まずさを見越したのか、妥協に近い表情のようにも見える。
そんな事はお構い無しに、利家はパッと花が咲いたのような笑顔を浮かべた。
「決まりだ!嬢ちゃんの渾名はろくだ!」
「…本当にいいのかい?」
冗談のつもりだったのに受け入れられてしまい、流石に焦った慶次が少女に訪ねたが、変わらずゆっくりと頷いた。
「としいえさま、…わんわん、みたい」
「……………利って、すげぇ〜」
しかしながらこういう打ち解け方もあるのだなぁと、少女に持ってきた上着を肩に掛けながら利家に感謝した。