2.経過
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
前田軍の医者に診てもらった所、足の疲労が悪化していると言い渡された。
試しにひとりで直立させただけでも、痛みに耐えきれず、すぐに膝をついてしまった。
そうして言い渡されたのは、絶対安静。そして何より養生、しっかり休息と食事を取れとの事だった。
「お嬢ちゃん!!」
事態を聞き付けた慶次は少女の元へ飛んできた。
まつに支えられながら座り込んでいる少女の両肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。
「……ずっと、痛かったのかい?」
眉間に皺を寄せた少女は何も言わずに視線を落とした。
「なんで隠してたんだ!まつねえちゃんが気付いてなかったら……!」
「………お、怒る、大きなお声……いや、です……!」
手を振り解こうと身動ぎする少女は決して慶次の顔を見ようとしない。
少女の態度に、慶次の中で様々な感情が入り交じる。
慶次までも何も言えなくなってしまい、代わりに肩に置く手の力をわずかに強め、じっと少女を見詰めていた。
視線の気配を感じていた少女は、決して顔を上げようとしなかった。
笑顔で。明るく元気に。
そう彼女と接しようと思っていたのに、早速失敗してしまった。
勢いのまま、よりにもよって叱ってしまった。
やがて慶次の顔にも落胆が浮かんだ。
それまで黙って状況を見守っていたまつが、慶次の肩に優しく手を置いた。
「慶次、今からこの子のご飯を作ります。炊事場で支度を手伝ってくださいませぬか?」
「………うん。ごめんよ、お嬢ちゃん」
それでも慶次なりにできることをしなくては、と。
俯いたままの少女からそっと手を離すと慶次は部屋を出ていった。
手が離れ背を向けられて、少女は漸く顔を上げた。瞳に映ったのは、部屋を出ていく、慶次の寂しげな背中だった。
瞬間、ズクンと。
少女の心を激しい罪悪感が襲った。
「………!」
身体が震えだし、息が上がり、視界が揺れる。
目眩を起こしているかのように世界が回りはじめ、やがて滲み出す。
心配してくれたから、慶次は怒った。そんなのすぐに分かっていた。
……きずつけたくは、なかった。
ごめんなさい、ごめんなさい。
そう思っても喉は締まり、唇は動かなかった。
情緒の変化を察したまつが少女の頭を優しく撫でた。
散々非礼を尽くしても温かいままでいてくれた。そんな彼女に対しても、謝罪もお礼も伝えられなかった。
そうして、少女は自身の内に壁を築き始めてしまっていた。
*
「口に合わなかった?」
「…いいえ、ですが……ごちそうさま、でした」
覇気のない声がこぼれ落ちる。
食事はほとんど作られたままの状態で、膳に戻された箸の音が冷たく転がった。伏せた顔はやはり持ち上がらない。
精気の感じられない様は、さながら死に瀕する人間と変わらない。
料理を味わうなんて到底出来なかった。
『命は尊い』
心に留まる言葉。
全うしなくては、父上の言葉を。でも、今は。今のままでは……、
「できっこないよ」
そんな、まともに食べずに怪我を治すなんてできっこない。
もう少しだけでも食べてくれないか、と頼み込む慶次の瞳にうつむいた子どもが映る。
足の負傷によって今の少女は自力で歩けず、目の前の人物から逃げ出すことができない。言い返す言葉も見つけられず、ひたすら押し黙り続けるしかなかった。
(逃げてばかり)
(みんながいなくなってから、ずっと…)
ふー、と頭の上から長い息遣いが聞こえた。
狭い視界の先で逞しい腕が、バシン!と膝を叩いた。
「部屋の中にいても気が晴れないのなら、外にいこうか、お嬢ちゃん!」
「……、」
「よーいしょ!じゃあ余った飯は利に食ってもらうとしよう!」
「お、おろして、ください…!」
「どこいこうかなーっ。あ、まつねえちゃーん!ちょっと出るからなー!!」
「お、おやめ、ください…!!」
「よいではないか、よいではないか~!あはは!」
「…………」
*
まだ遠出できる状態ではないため、まずはと最も近場である前田家の広々とした庭一帯に出た。
透き通るような涼しい風が少女の髪を撫でていく。慶次の腕に抱かれながら、揺れる木の葉を纏う樹々を見つめた。
「気持ちいいだろ、お嬢ちゃん」
いい加減後ろめたさを感じているのか、黙ったまま、ゆっくりと頷いた。
その仕草によって久しぶりに少女とまともなやり取りが出来たような気がして、慶次は嬉しさのあまりに少女を抱きしめる力を強めた。
途端に、いたいです、と身体を強ばらせて抗議されるが、一歩前進には変わりない。
「さて、このあたりを暫く散歩してみようか」
「………、―――ぁ…」
「んん?なんだい?」
「、その…」
弱々しい、小さな指先が指したのは一匹の狼だった。
「ああ、あいつは怖くないよ。まつねえちゃんの…」
「わんわん…!」
「え?」
ここにきて初めて彼女の純粋な幼さを目の当たりに出来たのではないだろうか。慶次は感動より先に驚いた。まさかここで年齢相応の≪らしさ≫が表れるとは…!
兎にも角、少女は狼に興味があるようなので側まで連れて行った。
よいしょ、と木の葉の敷き詰められた地面へ下ろされ、慶次の腕から解放されると、少女はぺたりと座り込んで恐れる事なく手を伸ばすと、狼の毛並みを楽しそうに撫で始めた。
狼も彼女に抵抗する様子はなく、むしろ嬉しそうにじゃれついているようだ。
「四郎丸っていうんだよ、その狼。まだ子どもなんだ」
「しろうまる…、しろうくん…」
少女が呼びかけると、四郎丸は優しく少女の頬を舐めた。くすぐったいです、と少女も四郎丸を抱きしめるように撫で続ける。
「出会った瞬間にこんななの…?」
まったく、自分等の立場が浮かばれない。
けれど誰にも何にも心を開かないよりは、ずっとずっといい兆しだ。
後から聞いたことだが、少女の家では時折野良犬等の野生動物が侵入してきていたそうだ。屋敷のすぐ後ろは山だったから、迷い込んだように動物が現れると、少女をはじめ家全体でふれあっていたのだそうだ。
*******
父上、父上。
前田さまのところにわんわん…お犬さんがいました。その子はしろうまるくんといって、たくさんなでました。
「………」
前田さまのお屋敷には、まだまだたくさん動物がいるそうです。
大きな鳥さんや、くまさんたちにも、また今度会わせてくれるそうです。
「………」
すごいね。お屋敷にいなかった動物さんにも会えるそうです。
「………」
どうしてでしょう、父上。
動物さんの目なら真っ直ぐ見られるのに、前田の皆様には同じことができません。
お話することも思い浮かばなくて、話しかけられても、なぜか何も答えられません。
これはどうしてなのですか。
「………」
わかりません、父上。
「………」
兄上ならわかりますか。
こうさんたちなら教えてくださいますか。
「………」
どうしてですか。
「どうして、わたしは、もう…父上とおはなし、できな、い………、」
声は返してくれない。おはなしはできないどこにもいない。
心がくるしい。
こんなにわからないままでいるのなんて初めてで、どうしても落ち着かない。
教えてください。おしえて、どうかおしえて………。
強く強く、何度も目を瞑って、涙が流れるのをグッとこらえようとした。
そうして引き攣った表情で、ひとり部屋の虚空を眺め続ける。
無を睨める少女は、まだまだ孤独の闇に深く沈んでいた。
「……あら、もう眠ってしまわれましたか」
そっと部屋に入ってきたまつは畳の上で眠る少女の為に布団を出すことにした。
本当は腫れ上がった足をほぐしながら身体も拭こう思ったのだが、今日は起こさない程度に温めるだけにした。
「けれど、食事は摂ってほしかったのですが…」
体調が安定していないのだろうか。こちらから言わない限り、少女は食べ物を口にしようとしない。生活が変わってから一度も食欲らしい食欲が表れていないようだ。
成長期を前にしてそんな調子では、将来に大きな影響を与えてしまいそうで、まつは心配せずにいられなかった。
少女を布団の中にそっと入れると、ゆっくりと温かい手で彼女の頭を撫でた。
そんな優しさと対照的に、少女はこの頃から、とある夢を見るようになっていた。