1.喪失
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あつい。
痛い。
息が荒い。
てのひらさえ動かせなくて、立てない。
脚も腕も震えてる。
二度と自分の意思では自由に動かせないかもしれなくらい全身が痛い、身体が重い。
でも、助けられて………………失わなくて、よかった。ひかり……
―――――――雨…
雨が降ってきた。
雨は、きらい。
雨は、冷たい。
雨は、いたい。
雨は、くらい。
雨は、つらい。
雨は、こわい。
雨は、苦しい。
雨は、
雨は、
雨は、
遠い、遠い、そんな場所から
いまも取り残された泣き声が聞こえてくる
この雨に、きっと呼び戻されてしまうのだ
そう、
雨は、おもいだしてしまうから。
***
「――――――×××は、武士になりたいの?」
「はい、父上。だって『ぶし』になれたら、ずっと父上たちといっしょにいられるのでしょ?」
「………そっかぁ、」
「でね、兄上はね、『おんななのにお前はかわってる。よけいなことするな』っていって、いっしょにおけいこしてくれないんです!」
「残念だけど、お父さんもお兄ちゃんに賛成だなぁ」
「えー!?どうしてですか!わたし、この間はるのぶ様のお屋敷で会った男の子のべまるちゃんとちゃんと『おてわあせ』できたよ!!」
「居なくなったと思ったらそんな事してたの……!?………でもね、これは強さの問題じゃないんだ」
女の身である以上、やはり大きくなったら目の前の娘もどこかの武家へ……政治戦略の為に嫁ぐ運命が訪れるかもしれない。
この乱世に於いて、娘の望み通りの未来が訪れる希望を易々と肯定してやることは出来ない。
「お父さん達のお仕事は戦ってこの地を守って繁栄させて……、お家と国を治める事。×××は、お父さん達とは違う方法でお家を守るんだ」
「お家や国も大事ですが、わたしは父上や兄上や、みんなをいちばん守りたいのですっ」
「ありがとうね。でも……、きっとそうはいかないんだよ」
「……やです!やぁー!!わたしも戦って、守りたいです!」
「こら、女の子が暴れちゃいけませんっ」
「わたしは『ぶし』になりたいの!!『ぶし』なのー!」
「………困ったなぁ。ほらほら、おいで」
「だっこでも、ごまかされません!」
「おや、いつの間にやら鋭くなったね。あはは、×××痛い痛い、お父さんのお首が痛いってば」
「やぁだ!はなさない!」
「これじゃ、私も弓のお稽古ができないなぁ」
「むー!!『ぶし』になるのを許してくれるまで離しません!」
じゃあお昼寝の時間までずっとこの状態かな、と父は苦笑した。
全力で頬を膨らませる娘を何より大事に抱き締め、慈しむ。優しい手つきは小さな頭を撫で続けた。
―――――例えどれだけ願っても叶わない事、手に入らない物はある。それは父親自身でさえも覆せないのだろう。
だからせめて定められたその時まで、お前は出来るだけ何も背負わず、沢山笑って、幸せでいて欲しい、と。
その手を血に染めず、また不幸に陥ることもなく、どうか穏やかに。
*
「………ま、……めさま、姫様!起きて下さい!」
周囲の騒がしい声によって、夢の世界から少女の意識は現に呼び戻された。
自分を起こした、目の前にいる人物は父とよく一緒にいる人―――所謂側近の家臣だった。
珍しく夜半に起きたため頭は冴えなくて、ごしごし目を擦りながら少女は訊ねた。
「どうしたのですか…?」
「―――――奇襲です!敵対国が領内に迫って来ています!この城も危険になるかもしれません、急ぎ身支度を!」
奇襲。危険。危険……?
一気に意識がはっきりした。まさか、そんな……どうしてこの国が!と少女の表情に焦りが浮かぶ。
そして何よりも、大事な人達は、無事なのだろうか。
「……ぅぇ、は?」
「、はい?」
「父上たちは!?」
*
父の側近の言葉を聞き入れず、少女は走った。
幼い身体で、激しく息が上がりながらも漸く辿りついた場所は、敵国を迎えようとする甲冑を纏った家臣達の元だった。
きっとここにいるはずだと、少女は声を張り上げた。
「ちちうえ……父上!兄上!」
人々が一斉に振り返って姫である少女を見た。
既に出陣準備を終えた状態で、予想外の人物の登場に、一気に混乱の空気が立ち込めた。
「×××!?何してる、お前…!逃げろと言われたはずじゃ…!」
人混みの中から探していた二人が飛び出して来た。血相変えた兄が一番に少女の目に入った。
「父上、兄上……戦いにいくの…?」
「……まぁな」
「そうだよ、×××」
一瞬強ばった兄はすぐに無表情を装って目を逸らし、父は少女の傍で膝を折り彼女の頭に手を乗せた。
少女はこの大きくてあたたかい父の手のひらが大好きだった。庭で転んでも、怖い夢を見ても、父に頭を撫でられれば心が落ち着いた。
たが、今回だけは胸騒ぎが収まらず、どうしても不安が拭い切れなかった。
「お顔が暗いよ〜、×××。大丈夫、直ぐに追い返してくるからね」
「……、」
兄が何か言いたそうに眉間に皺を寄せた。父は少女の頭を撫でながら彼に振り返った。
「ほら、お兄ちゃんも。×××が心配しちゃってるから、安心させてあげなよ」
少女からは見えない、兄に向けられた父の表情は、申し訳なく思っているかのような、けれどどこまでも優しい、優しい表情だった。
「………そいつ、貸せ」
「わ、わっ!?」
ぐいっ!と兄によって少女が抱き上げられた。一気に地面が遠くなった。乱暴に持ち上げられた兄の腕に慌ててしがみついた。
「び、びっくりしました…!」
「落とすぞ」
「やぁー!」
ぽふ!と相変わらず険しい顔かつ、口数の少ない兄の胸に身体が引っ付けられた。兄の身体を覆う鎧が頬に触れた。
ヒヤリ、と。あまりに冷たくて、ぞっとして、つい口にした。
「ねぇ、あにうえ!わたしも戦いに行きたいです!わたしも一緒に守って、まもって………まもり、たいです…!」
「………ばかが。前に言ったことを忘れたか」
「わ、わすれてません!でも、でも…!」
兄は多くを語らないまま少女の頭を撫で始めた。父の撫で方とは対照的に力加減が出来ておらず少女が抗議の声を上げる。
「あ、あにうえ!ぃぃ痛い!」
「注文が多い」
「髪の毛ぬけちゃう!」
「知るか」
「ぬぎー!」
「俺の髪まで引っ張んなチビ!」
「ちびじゃないのっ!!」
「こらこら、二人とも」
いつも通りの喧嘩になってしまったところで父の言葉が間に入った。直接手は出さず、じっと二人を見守った。
少しの間の後、むすっとしたままの兄が少女を降ろした。が、すぐに少女の頭をガシッ!と掴んだ。
「やー!いたいあにうえ!」
本人は撫でたつもりだったらしいので、妹の声は無視された。
「………すぐに戻ってくる」
「……ほんとう?」
「約束してやる」
「ぜったい?」
不安そうに問いかけた少女の目を兄はしっかりと見詰めた。一度深く瞼を閉じた兄は、己自身にも言い聞かせるように覚悟を構える。
「絶対だ。大人しく待ってろ」
「………ぜったい、ですよ、兄上、父上!」
ゆっくりと紡ぎだされた一言に少女は漸く微笑んだ。
意地悪する兄だって優しい父だって、約束を破ったことは一度もない。そう思い出して安心できた。
「いってらっしゃいませ。父上、兄上」
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