12.追憶
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む〜、むむむ〜、むんむ〜ん♪
風通しの良い渡り廊下は心地よく声が響くものだから、誰もいないのをいい事に上機嫌で歩く朱音から、鼻歌とも口ずさみとも取れるいい加減な旋律が漏れている。
生まれて初めて新体操の演技を自分の目で見て、感動しつつ早速影響を受けたようで、両腕を ぱら〜と振り伸ばしながら進んでいる。
非常に完成度が高かった上に、かすが達演者の衣装や照明演出まで本番と同じ状態で見られたものだから、ひとつの舞台を見終えたような満足感だ。
浮かれ気分で ぴょいっと飛び上がる真似をしたところで気づいた。前方から、決して他者には見られたくないこの行動を目撃されている事に。
「あだッ」
動揺を立て直せず当然転んだ。
大きな音を立てたものだから相手は慌てつつ、失笑を隠しながら近づいてきた。
「あ〜ららぁ、大丈夫?」
すっと手を伸ばしてくれたのは、すっかり顔馴染んだ佐助。
善意で差し出してくれているのはわかるが、今は羞恥が勝り、朱音は手を取れず赤面する。
「な、なんで見ていらしたのですか!」
「偶然だっての。見られて困るなら学園で踊らない」
ド正論を喰らい、朱音はますます狼狽える。華の女子高生にしては幼子顔負けに膨らませた頬に、佐助はついに吹き出してしまった。
「なるほど、ドライに見える忠朝さんが目を離せないわけだ。ところで今のは新体操部の?たしか今日がリハだったから…」
「……そうです。かすがさんに誘っていただいて見てきたんです」
「やっぱりかぁ。歌ってたの、こないだの大会で使ってた曲っぽかったから。評判良かったっていうし同じ所もあるんだろうね」
有名なオーケストラ曲であったことで早々に合点がいったようだが、それにしても流石は学園一の情報通……いや、それだけではないか。
特別に想う相手がそこにいればこそか、と変に納得した朱音は差し出された手を取ることなく立ち上がった。
「猿飛さんには当日のお楽しみ、ですもんね」
「そうね、写真映えするし記事には持ってこいだし。時間作って行くつもり」
「………」
上手いこと大義名分と擦り合わせているようだ。ちょっと遠回しな言い方した自分もよくなかったが、やはり佐助は隠し事は得意そうだ。
赤面はどこへやら、急に冷静になった朱音の振る舞いに、佐助は心配の眼差しを向ける。
「大丈夫?風邪ぶり返したりしてる?」
「大丈夫です」
「……ちょっと怒ってる?」
「怒ってないです。ちょっとつまらないだけです」
「え、何が?」
「何もないです。私は運営部の教室に戻ります」
今の今まで新体操部の演技に大満足していたはずなのに、突然出た『つまらない』という言葉に首を傾げる佐助。
まだむくれている朱音の後を慌てて追いかける。
「猿飛さん、何処かに行くつもりだったのでは?」
「病み上がりの誰かさんをお迎えに行こうとしてた所だったんだよ」
「何かそちらでトラブルでもありましたか?」
「そういうんじゃないけど、ちょっと帰り遅かったから」
「………そこまで律儀にお目付け役しなくても、 」
「いや、旦那に託されたからじゃなくてね……やっぱちょっと怒ってない?」
「怒ってませんです」
思い返せば兄にもした事のないツンケンした態度で上級生に接してしまったわけだが、この時の朱音のちょっとした異常性を自覚できたのは少し後になる。
本気で怒っている訳ではない事を理解している佐助も、不機嫌の原因を考えるより、この懐かしい素振りを見守る事に気が逸れてしまったらしい。