12.追憶
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偵察から帰城してすぐに異常に気づき、奔走して回る。
城主の指示が届いていないようで、あちこちを自軍の兵士が統率なく彷徨っているように見えた。
推察通り、今この城には城主たる真田幸村の姿がないという事がわかった。
攻め入る無数の青備え。ここまで入り込まれて追い返すのはもう無理だ。ならば少しでも兵力を失わないように撤退誘導に努めるべきか。それとも敵がこの城を掌握しきる前の隙をついて単身大将首を押さえに、闇討ちに出るべきか。
「うわぁッ!」
ふと、視界の先に孤立した味方が複数の敵に囲まれようとしていた。
考える間もなく己の脚を踏み出し、懐から苦無を放っていた。
「……ああ、もう。こっち!」
これで敵方の目を引いてしまった。ただでさえこの髪は目立つというのに。
諦めたように息を吐くと、囲われかけた味方の襟首を後ろに引っぱると、金髪の少年は立ち塞がる覚悟を決めた。
***
甘やかされて生きてきた訳じゃない。
甘い事ばかり言っていたとしても、今日まで生き延びてきた。それだけの経験と技術と運がある。
薩摩の地でもそれを目の当たりにしたはずだが、改めて自身が危機に瀕したこの瞬間にそれを思い知る。
「それ以上戦闘を続けてはいけません、小助」
己に代わり、襲いかかってきた青備えをうち払った少女は、背中を向けたまま立ち上がった。
その仕草だけでわかる。彼女は出来る。本当に強い人物なのだと。
「ここから撤退する体力は残しておきませんと」
「……朱音ちゃん、」
周囲を隙なく警戒しながら、小助の前で片膝を立て、怪我の具合を確かめている。止血の甘い箇所の包帯をしっかり巻き直してくれた。
「あとはわたしに任せてください」
「……駄目だよ、そんなの」
なんて説得力のない主張だ。
失血が続いて肩で息をする小僧の言う事など聞き入れられるはずがない。否定されるまでもなく、小助は情けない気持ちに陥る。
「あなたが助け出した人達を無事城の外まで連れ出して差し上げてください。出来ますね」
口調と表情こそ優しいが、反抗を許さない声色だ。
朱音の性格からして、恐らく小助と同じように目の前の危機にした味方を庇いながら戦って来たのだろう。小助に比べれば軽傷であるが、このままこの城に留まっていればいずれは……。
「今使える退路も決して安全の保証はできませんので、十分気をつけて。……元我が家に仕えてたよしみで、聞いてくださいますね」
身勝手な命令をされた。
その物言いに、不思議と彼女の父親の事を思い出した。
国を護る為に生命を使い果たしたという、優しい笑顔が印象的だったお殿様。
「城を出たら一刻も早く、幸村やさしけに現状をお伝えください。わたしも城内のお味方を皆撤退させたら引きます」
互いに勤めを果たしましょう。そう言われた。
諌める事も止める事も今の小助には難しい。涙が出そうになるくらい不甲斐ない。
でもこれが今出来る精一杯。せめて果たさねばと、後ろ髪引かれる思いで小助は負傷兵を誘導する役割を引き受けた。
***
「本当に、いっつも勝手に護っていっちゃうんだから」
いつの間にか持ち場を離れ、単身敵の喉元に食らいついたという朱音の話を聞いて、真っ先に湧いたのは乾いた笑いだった。
実に彼女らしい行動だな、とすぐに納得出来た。
夕闇が落ちる前。
小助が合流した時、目元を腫らし涙の跡を窺わせながらも、既に幸村は生き残った同盟軍の面々に指示を飛ばしていた。
「手伝います、幸村様」
「小助、無事であったか。ではお前には忍隊中心に部隊の現状把握をしてもらいたい。負傷者や、まだ使える武具の情報がほしい」
「はい、直ちに」
一番の傍らと、肩を並べ学んだ相手を喪っても幸村はすぐに前を向いた。
その堂々たる姿勢が、この場を生き残った人々を最も勇気付けている。
だから己が悲しみに浸るのはもう少し後だ。
今はこの現実と向き合って、落ち着いてから。それからで十分だ。
「朱音ちゃん、佐助……幸村様、とっても格好いいよ」
眩い背中に、小助は改めて今生の残りを全て幸村に捧げる決心を固める。
先に尽きた同胞達の分まで、と。