こがらしの記憶
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*
「発見しました!」
「何を」
「風って意外と冷たいです!」
はぁぁ…、と思わず長いため息が。何をこの世の真理を暴いたかのように当たり前のことを言っているのやら。
「で、ですから!ほら、わたし達が寝起きしているあのほら穴、入口の所を風を防ぐようにもっとしっかり作ったら夜中の冷えを抑えられるんじゃないかなって、」
これから冬が来るのでしょう、とピッとほら穴を指差すおねーさん。
呑気そうな物腰は相変わらずだが主張は確かに的を射ている。
ひとりで逃げて行き着いた場所、名も知らぬ山奥の僻地。現在の根城は彷徨うなか偶然見つけた大きな岩に出来てたほら穴だ。寝床にする他に蓄えや自作した道具と等々の置き場にしている。
ここ最近おねーさんがやってきたことで確かに狭く感じつつあったところでもある。
「なるほど、風を遮るものか…」
「今日も大工作の予感ですね!」
「なんでそんな楽しそうなのよ」
「なんででしょうね…?」
うきうきでにこにこなおねーさん。なんだって毎日こんな元気なのか。
おれのじっとりとした視線を相変わらずものともせず今日も元気いっぱいだ。
「風に吹き飛ばされないといえばレンガ…はないから、石ですね。石を積み上げてほら穴の入口を丈夫にするのはどうでしょう!」
「いいんじゃない?」
「お水を汲む所の近くにちょっと大きい石が沢山ある場所がありましたよね。わたし取ってきます!」
「ちょ、一人で行くの?」
おねーさんがどれくらいの規模の石壁を作るつもりでいるかはわからないがろくな運搬用具も無い現状じゃ何往復することになるか。
いくら元気が有り余ってる様子でもあの距離を一人で何度も移動するのは酷だろう。
「分担作業です、ちびちゃんは大きな石の隙間に詰める小石を沢山集めるのをお願いしてもいいですか?」
間に小石を詰める事で積み上げた石が崩れるのを防げるはずです、と説明されるがどうにもおれは腑に落ちない。
おれの表情に気づいたのか、おねーさんは膝を曲げて視線を合わせてくる。
「心配してくれてありがとう。でも、ここはちょっとだけ大人のわたしに任せてください」
頭に優しい手のひらが乗せられた。
心配なんかしてないし。何が大人だ、山暮らしの事何にも知らなかったくせに。それくらいは言い返したかったのに何も言葉にできなかった。
きっと体格差の事を言いたかったんだろう。おれはおねーさんよりずっと背が低いし、手も小さい。これが状況に合わせた最善手なのだろう。
それでは後ほど、と言うとおねーさんは手を振りながら駆けていった。
仕方がないからおれも言われた通りに小石集めを始める事にした。
あれは何ですか?
これはどうやって使っているんですか?
それは食べられますか?
見てくださいちびちゃん!
…などなど。黙ってたら死んじゃうんじゃないかってくらいあれこれそれこれ聞いてくるおねーさんと最近は行動していたせいで、分担作業をしている今はとても静かだ。
冷え込んできた風に木枯らしの音。静かな音色が耳に入ってくる。
おねーさん、一人でいる時も何かしら喋ってそうだな。「これならいいでしょうか、こっちも良さそう!」みたいに。本当に騒がしい人だ。黙って手早く作業できるおれをちょっとくらい見習った方がいいよ。
作業量も移動距離もおれの方が圧倒的に楽だったものだから半日も経たずにおれの仕事は終わった。
ほら穴の側にはおれが集めてきた小石と、おねーさんが持ってきたと思われる両手くらいの大きさの石が置いてある。量からして向こうはまだまだ時間がかかりそうだ。
腰に手を当て、ふーと息を吐くとおねーさんがいるであろう方向を見遣った。
「しょーがないね、手伝ってあげますか」
水汲み場を目指して俺は歩き出した。
ここの斜面結構きついからおねーさん最初はよく足を滑らせてたなぁ。今日は石を抱えての移動だから転んでるんじゃない?ぽやぽやしてる人だから有り得そう。
薬の類はここには無いからそういうのは止めて欲しいんだよな。結局おれが診てあげなきゃいけないし。
ほんと、居なくてもおれの頭の中でずっと騒いでてたまったもんじゃない。
結局到着するまでずっとこんな調子で歩き続けていた。
「おねーさん?」
いつも利用する水場付近まで来たけど彼女の姿はなかった。
ここまでの道でもすれ違わなかったし、一体どこに行ったのやら。
……え、それっておかしくない?
まさか迷子になってる?この場所は流石に行き慣れてたと思ってたけど…。
「おねーさん…、」
辺りを見回しながらも朝の出来事を思い出す。
起きて抱きついてきたはずのおねーさんの重さが一瞬なくなった気がしたあの変な感じ。
まさかあれは、本当に…?
「お、おねーさん…!」
どこに、どこに…?まさか、あんなお人好しに限ってそんな、勝手に…。
それまで気にしてなかった風の冷たさに肌が震える。足先の感覚が冷たく鈍くなって、息も浅くなる。うそだ、そんな……
「ちびちゃん?」
吐き出しそうなくらい心の中がぐるぐるしていた所に探していた人の声が聞こえてきた。
少し恐れを抱きながらも振り返った先に、ちゃんといた。
「お、おねー………って、」
「どうしたんですか?」
「どうかしてるのはおねーさんの方だよ!何その格好!?」
安心する間も無く、とんでもない姿をしているおねーさんに突っ込まずにいられなかった。
「ああ、途中で気づいたんですよ。こうするとね、一気に沢山の石を運べるんです!」
ここから少し上流の方に穴場があったんですよ、ほら!と大きく広げて見せてくれた。風呂敷代わりに使われてるおねーさんの胴着袴。
つまり今、下半身の衣服を着てないのだ。
「え、え!上着長いから、下は見えてないですよね!?」
局所こそおれから見えないものの、普段見えてない脚が派手にさらけだされてしまっており、これでうろたえずに居られるものか。
おれはまだまだ童だけど女性のこんな姿滅多に見るもんじゃないのだ。
「ありえないんだけど!はやくちゃんとして!」
「そうですか…?では後これだけ、ほら穴に持って行ってから…」
「だめ!今ここでちゃんと履いて!おれも持ってくの手伝うから!ばかなの!?」
いい案だと思ったのですが、なんてぼやきながらしぶしぶ袴を履き直してくれた。
こんな荒んだ世だというのに無防備すぎるし危機感なさすぎでしょ、どんな環境で育ってきたの?
険しい視線を送っているもののおねーさんは事の重大性を分かっていないご様子。ほんと信じられない、この人ほっといたらぜったい長生きしない。
「ご、ごめんなさい」
「この世間知らず」
さっきまでとは違う意味でめちゃくちゃ心配になるわ。こういう常識も教えなきゃいけないの…?
「あ、あのちびちゃん。実は集めたのこれだけじゃなくて…あっちにもまとめてあるんです」
おずおずとおねーさんが指さした先にはまた別の意図的に積まれた石の山が出来ていた。
毎度往復するよりこの場所で必要分集めきって移動するだけにしたかったんだろう。
「いいよ。手伝うって言ったでしょ」
「ちびちゃんの方は?」
「もう終わってるからこっちに来たの」
「お、おはやい…!ありがとうございます」
「行こう。日が傾く前に終わらせ……、そういえば曇ってきたな」
「そうですね、結構厚い雲も向こうに見えます」
今日は1日中身体を動かし続けてるからあまり意識してなかったけど、日が隠れている分いつもより肌寒い。これから本格的に冬を迎えるのだから今日の石壁や他にもできだける寒さ対策はした方がいいのだろう。
暫く晴れた日が続いてたからちょっと油断してたかも。
でもってそんな気候のなか平気で下半身晒してたおねーさん、やっぱりおかしいよ。
「な、なんでしょう」
「べつに。手のかかる人だなって思っただけ」
「え…?」
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