9.着々と
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出陣を目前にして上田城に届けられた甲冑には見覚えがあった。
「楯無の鎧…!」
甲斐国より届けられたものだ。
古より伝わる武田家の家宝であり、決断の意志を誓う神聖なる鎧。送り主は勿論、お館様こと武田信玄だ。
大戦を前にして、上田城に集う同盟国軍への激励と改めて武田の未来を幸村に託す、という意志の表れだ。
添えられていた手紙には、お館様の容態についても記されていた。変わらず床にいる時間が多いが、少しだけ快方に向かい始めたとの事だ。
「良うございました……お館様……!ぅぐ…っ」
「泣くの早いってぇ」
手紙はお館様が直接筆を取ってしたためたものであり、僅かでも回復している事を知れた幸村は安堵の涙を流していた。
「お館様が完全に回復された後にも、しかとお役に立つべく……この戦、必ずや勝利を収めてみせようぞ!」
「突っ込むしか能の無かった真田の大将も、今や勉強して朱音共々強くなったね……って、あれ?朱音は?」
お館様からの手紙に夢中になっている間に姿が見えなくなっていた。佐助は部屋を出て少し歩いた庭先に、ひっそりと佇む癖っ毛の背中を見つけた。
「……ひ、ひかり……ぅぐ…っ、ひかり……!」
手には彼女宛ての手紙が握られている。これも鎧と共に送られてきたものだ。
察するに親しい女中からの言葉が綴られているようで、こちらも感極まっているようだ。差出人を知った時点で、泣き出すかもしれないと抜け出していたらしい。
「はい、どーぞ」
間もなく訪れる決戦を前にし、城内の空気は張り詰められてばかり。ふとした事で感情が溢れてしまうのも仕方がないか、と佐助は身体を震わせる朱音に布を差し出した。
「泣いてません!」
「流石に無理があるぜ。良い事書いてあった?」
ぼろぼろ大粒を流す朱音に、もはや反射的に泣いてない宣言され苦笑する他無い。
既に読み終えていたのか、手紙を大事に折り直すと両手で抱きかかえた。
「ひかり……わたしをとても気に掛けてくれてて……戦が終わったらまた会いましょうね、沢山お話ししましょうねって……」
「そうだね。あんたは危なっかしいから、心配もされるさ」
手紙を抱えるのに一生懸命で一向に布を受け取る気配がないので、代わりに佐助が朱音の目元を拭いてやる。
「ほらほら全く。お姫さまは手が掛かるね」
「………姫、じゃないけれど……そんな相手に、手を出し……」
「ハイハイハイハイ!喜んで拭かせていただきますよォ!何なら髪も整えて差し上げちゃう!」
ひぐひぐ啜りながら返した言葉は嫌味だったのか純粋な疑問だったのか。確かめる余裕もなく佐助は高速で手を動かす。
「ふふ……はれんち、」
「………」
誤用などではなく。正しく使われた単語に佐助は押し黙るしか無かった。だが気恥ずかしそうにもお互い表情は笑顔だ。
「本当に最近は、かつてないくらい沢山の経験してます……心が忙しいです」
「そりゃあ大変だ。疲れるでしょ」
「うん。でも、知れてよかったです。あなたも、少しでもそう思ってくれてたら……」
朱音の目元や頬を拭き続ける佐助は沈黙で返した。目も合わせない代わりに優しい眼差しでいる事に勿論朱音は気づいている。きっとこれが心を隠す事に長ける彼の精一杯の表出だと心得て、橙色の髪を軽く撫でた。
「朱音、ここにいたか!大事ないか!?」
同じく部屋に戻らない朱音を心配して、幸村も探しに来てくれたようだ。
「ひかりさんからの手紙に感激して泣いちゃったんだって」
布を朱音に手渡すと佐助は幸村へ向き直り、やれやれ、といった様子で肩を竦めた。
「ほんと、旦那とそっくりさんだねぇ」
「………なるほどな。ならば得心が行くやも知れぬ」
何に対しての得心かわからず佐助も朱音も首を傾げたが、幸村は構わず続けた。
「この戦にかける思いも……傍らへの思いも……きっと同じなのだな、」
頼りになって、けれど本心には簡単に触れさせてもらえなくて、それでも共に在りたいと。共に進みたいと。
「故に俺はそなたらを守る。楯無の鎧にもそう誓おう」
「わたしもお役に立てるよう、幸村と皆を護れるよう、必ずや」
「なんだってやるさ。だから俺様を上手に使ってくれよ?」
「うむ……!もう、間もなくだ」
冷え込む風が枯葉を伴い、庭に佇む三人の肌を撫でていった。