8.願い
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くるまれていた物を両手で広げてみせると、一瞬シン…と緊張感に包まれた。
「如何でしょうか…?」
無言のままじっと見つめられる事に耐えられず、朱音が声を掛けると目の前の人物はふるふると震え出した。
「パーフェクトですっ!!」
彼は跳び上がるように両手を伸ばすと、そのまま ペッ!とポスターを取られてしまった。
改めてまじまじと見詰める演劇部の宗麟の瞳は輝いている。
「この構図、この雰囲気……ザビー様の神々しさを讃えるに相応しい出来です。なかなかやるではありませんか、運営委員」
「いえ、それは私達ではなく、こちらの新聞部の風魔さんが手掛けたのですよ」
朱音の隣に佇む寡黙な先輩を手で示すと、早速宗麟はそちらへ身を乗り出した。
「アナタ、中々出来るようですね。どうです?僕達の演劇部に入し…入部なさい」
かすがに聞いていた通り、隙あらば勧誘せんとする宗麟に動じることもなく、風魔は首を横に振った。
だが称賛され、優秀な人材として欲しがるのもわからなくもない。演劇部から提出されたのはキービジュアルの写真やイラスト、煽り文と大体の完成イメージといった材料のみで、それらを一枚のポスターとして作り上げたのは風魔の手腕だ。
当の本人は特段喜びもせず、今日も静かに構えている。朱音の腕をツンツンつつき、第3体育館の外を指さす事で、早く次の場所へ移動したい意思を伝えてきた。
「すみません、そろそろ次に参りますので……」
「ならば1人で行きなさい。このデザイナーはここに置いて行くのです!……って、ああッ!」
情熱が故の横暴にも取り合うこと無く、寧ろ朱音より先に風魔は素早く体育館を出ていってしまった。
***
「え?なぜわたし1人で行かなきゃいけないのですか、風魔さん?」
演劇部の体育館から抜け出し、真っ直ぐ次の目的地へ到着したものの、風魔は部室の前でその部のポスターのサンプルを朱音に持たせて背中を軽く押した。
デザインの修正があればその場で詳細を詰められるよう、今日は風魔自らがポスターの要望があった部を回っていたわけだが、最後の一箇所を前にして初めて消極的な姿勢を見せた。
理由を聞こうにもふるふると首を振って『どうか頼む』と伝えてくるばかりで、頑として中には入りたくないようだ。
何かしら訳があるのだろう、仕方なしと朱音が引き戸に手を伸ばすタイミングで丁度中から開け放たれた。
「予感大的中ですっ!宵闇の羽根の方〜っ!」
飛び出してきたのは鶴姫だ。ぶつかりそうになって反射的に下がろうとした朱音の身体を咄嗟に風魔が盾のように押さえた結果、朱音の上に鶴姫が重なってしまった。
一瞬後に風魔が慌てて朱音の背中に手を添えた。
「わわわ?!ごめんなさい朱音ちゃん!」
鶴姫も直ぐに朱音から降り、身体を起き上がらせてくれた。尻餅ついてしまい少し痛むくらいだが、風魔から預かったポスターは持っていた腕を上げる事で死守していた。
鶴姫曰く『宵闇の羽根の方』。
無論朱音の事ではないだろうし、チラリと風魔を見遣る。目が合いそうになった彼はサッと顔を背けた。やはり風魔の事で間違いない。
今度は風魔が立ち去らないよう、学ランの端を掴みながら朱音は立ち上がった。
「わたしは平気です。今日は運営委員として、学祭ポスターのサンプルをお持ちしました」
詳細はこちらのデザイン担当の風魔さんまで、と名指しで振ると風魔は諦めたように肩を落とし、鶴姫は表情を輝かせた。
(なるほど、そういう事ですね)
青い春風を感じ取った朱音は風魔の学ランを離さないまま、彼自身が鶴姫とやり取りするように促した。
接触並びに転倒させてしまった負い目があるのか、風魔はおずおずといった様子でポスターを受け取ると占い同好会の部室へ入っていった。
「あのあの、本当にごめんなさい朱音ちゃん…」
「いえいえ。それより風魔さんとお話してきてください」
「…はいっ、ありがとうございます!あのね、あの方が部室の中まで入って来てくれたの、今日が初めてなんです!朱音ちゃんは私の幸運の風ですっ」
察した通りだったようで、鶴姫は頬を赤らめながら朱音にお礼を重ねると部室に戻って行った。
運営委員としてはここが今日最後の目的地であるし、お邪魔しないようにと朱音は先に一人で運営委員の教室へ戻って行った。