8.願い
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「ゲッホ!ゴホッ、ゴッホ!」
「……まずは礼を述べたい、と言っておる」
「がフッ!ゲホゲホッ!げほっ!!」
「商品提供は基本的に貴様の野菜が使われるおかげで全体予算にかなり余裕が生まれた、と言っておる」
「ガヘッ!コホッ!ゴッホッッ!ケホ…っ!」
「ついてはこの機に菜園の運営を公的に認めても良いかもしれない、と言っておる」
「なんで咳の通訳が出来るんだよ」
「付き合いが長いのでな。季節の変わり目には珍しくない事よ」
現在放課後。場所は生徒会室。
顔や目を赤くさせ不織布マスク越しに咳き込みが止まらない半兵衛の背中を擦りながら秀吉が代弁している状況だ。
通訳越しに会話をしているのは小十郎だ。
先の言葉の通り、サッカーへ野菜を提供、合同出店する事が決まって以来、どうせならばと家庭科部など、野菜が要る企画店の多くに片倉菜園の野菜が提供される事になったのだ。
「ゲフゲフ!ごハッ!!ゲホっ!」
「お前も良い働きかけをしてくれたな、ろく」
「それも竹中さんが仰っているのですか?」
「これは我からの言葉だ」
でしょうねぇ、と朱音は眉を八の字にして微笑んだ。
12月は目前。間もなく冬に近づいていく。朝晩の冷え込みで風邪を引いてしまったらしい半兵衛の咳は止まず苦しそうだ。
「時期外れの転校生。新たな息吹らしく、この学園の常識を覆す一役を買ってくれたな」
「うむ。お陰で準備段階でこれほど盛り上がりをみせる年は例を見ぬ」
「お役に立てたのなら何よりです……皆さんが楽しそうに準備しているのはよく伝わってきます」
「ゲハ!ゲッホ!ゲホゲホっ!」
「そこで浮いた予算で学祭終了後、グラウンドで大々的にキャンドルナイトを開催してはどうかと案が上がっておる、と言っておる」
「キャンドルナイト……!クリスマスらしい催しですね!」
「実際クリスマス・イブだからな」
世にも珍しい、二学期修業日より後に開催される学園祭。そのフィナーレにクリスマスにうってつけの催しの提案が舞い込んで来た。
イベント事が大好きな学園の生徒にとってこれ程魅力的な企画もないだろう。
「実行するならば、無論運営委員の協力も不可欠。手が回せそうか聞いてきてくれぬか?」
「承知しました。竹中さんもありがとうございます!」
「……ゲホッ」
「気にするな、と言っておる」
「ひでよ…ゲホッ!ボホっ!ゴホァ!!」
どうやら最後のは意図した翻訳ではなかったらしく、半兵衛は秀吉に何か言いたげに咳をし続けている。
そんな途切れる事のない咳会話に割り込む大きな音がした。
「半兵衛様ァ!!お待たせしました!!」
派手に開け放たれた生徒会室のドアから三成が飛び込んで来た。その手には瓶詰めされた何かが握られている。
「喉の炎症に効くという大根の蜂蜜漬けをお持ちしました!」
「お。俺が渡した大根で早速作ったのか」
学内で流通し出している片倉菜園の野菜たちに小十郎は表情を綻ばせる。それには目もくれずツカツカと三成は半兵衛の元へ歩み寄り丹精込めた咳止めの妙薬を差し出した。
「この私が製造した出来たてでございます!どうか今すぐにでも…!」
「……ゲ、ゲホっ…ゴホ…っ」
「待て三成。蜂蜜大根は最低半日は寝かせないといけない、と言っておるぞ」
「な、な…ッ!?そんな…っ!」
漬け込んでから寝かせる事で大根の水分が染み出し、それが蜂蜜と合わさることで効力が発揮される物なのである。
事実を知った三成は衝撃を受けたようで、瓶を握ったままオロオロし始めてしまった。
「ど、どうか……焦慮により服飲を延ばしたらしめたこの私に、許しを請う許可を…!」
「落ち着け三成。半兵衛に持ち帰って貰えば良い」
「はっ!然らば半兵衛様、どうぞお受け取りください…!」
「ケホケホ、ゴホ…」
相変わらず咳は止まらないが半兵衛は笑顔を浮かべながら三成から蜂蜜大根を受け取った。
なるほど、やはり三成は実直にして少々不器用だが、親しくなった相手には可愛がられるタイプの後輩だ。状況を見守りながら朱音は納得していた。