8.願い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
武田方が石田軍と協力関係にある連合国を退けて以降も各地で小競り合いは展開し、三勢力の対立は激化していく。
各勢力の規模は今や拮抗し、いよいよ本隊同士激突する時が近づいている。
「俺に言いてぇ事があるんだろ、朱音」
同盟関係である伊達軍とは主だったやり取りは手紙にて行われていたが、間もなく訪れる決戦を前にして伊達軍大将である政宗が上田城に訪れていた。
武田軍を取り纏める幸村と打ち合わせなどした後に、ちょいと面貸しなと些か乱暴な誘い文句を受け、今は彼と二人で向き合っている。
開けた庭で武装したままの彼は、今は他者と同じく日本刀を腰に差す朱音を見据えた。
手を組む以上明らかにしておきたい。それが一兵卒相手でも、腹を割って真意を聞き出そうと思ったのだろう。彼の誠意は感じ取れるものの、それでも何と切り出せば良いか分からずにいた。
「本当はなりふり構わず俺に問い詰めに来たかったんじゃぇねぇのか?この間俺らにこの城取られた時にでもよ」
「……そうですね。でも、恐ろしくもありました」
「今も恐いか?」
静かに問われた声に対し、ぎこちなくもはっきり首を振った朱音に政宗は不敵に微笑んでみせた。
迷いを振り払うように朱音は息を深く吸ってから聞き出した。
「秀吉さんの最後の様子……お聞かせ願えますか?」
「風来坊から聞いたぜ。お前も豊臣秀吉と昔馴染みだったってな」
小田原城にて豊臣秀吉の進軍を阻み、討ち取ったのは、今朱音の目の前にいる伊達政宗だ。目指した過去を葬った相手、なのだ。
「最後まで手前の信念を曲げずに俺に拳を向けて来たぜ。途中何度か風来坊が説得してたみてぇだが、それでも信じた正義を曲げずに貫こうとした。無論命乞いも、泣き言も吐かなかった」
『信じた正義』
敢えてそんな言い方をした政宗を朱音は存外落ち着いた心地で見詰める。
過程があり、経験があり、そうして培った信念……それぞれの正義。
大切な人を失ってまで手にした強さだというのだから、最期まで覆らない事こそが恐らく秀吉にとっての…。
「少しは同じ立場に立てたからでしょうか。不思議と、納得できます」
人を殺める事。殺めてでも進む決意。それほどまでに強く信じ、護らんとする想い。
だから戦は続くのだと、今では朱音も乱世に渦巻く想いを汲み取り始めているのかもしれない。
『諦めません。私も、慶次も…!』
それでも、その瞬間までに立ち会えなかった後悔の根は未だ深く残る。せめてもう一度、言葉を交わしたかった。どうにもならない過去となって、堪えようもなく涙が零れた。一雫越しに政宗は朱音の首元の包帯を眺めた。
「恨まねぇのか?……お前は一度俺の命を救った事、後悔してるんじゃねぇのか」
「それは悔いる事ではありません…、救える命は必ず救いたいと、あの頃は思っていました。それは今でも変わっていません」
信念のため殺める立場になっても、過去の己は否定しない。過去があってこそ今の自分の姿があるからだ。
「それにきっと、政宗じゃなくても…誰かが。あるいは秀吉さんが、誰かを…」
乱世はこんな事の繰り返しなのだ。人の為す事だというのに、人を恨んでもキリがない。
「怒りを抑えて戦乱を見据られる、お前みたいなのは強い。怒りや恨みで敵しか見えなくなる奴は、なり振り構わず突き進んで、やがて崩壊していくモンだ、」
伏した政宗の瞼の裏側には石田三成が映し出されている。秀吉を喪い、復讐の一心で単身政宗の元へ斬り込んできた怨嗟の化身だ。
「だが、恨んでいいんだ。怒りを忘れようとするな。呑まれさえしなければ、はじまりの感情は指針になる」
平和のために人を殺める。そんな矛盾も全てを受け入れ、背負う人間。それが伊達政宗なのだと。
目元を擦って朱音は頷いた。
「そうだ。その目だ。その目があるから、俺も道を違えずに進める。この俺をよく見ておけよ」
「………はい、」
「政宗様、こちらでしたか」
姿を消していた政宗を探していたのだろう。小十郎が歩み寄って来た。
朱音と話し込んでいた様子を見ると、納得した表情を浮かべ政宗を見遣った。
「杞憂に終わったようですな、政宗様」
「Ha!伊達にこの俺の命を救ってねぇな、お転婆girl?」
不用意に他人に泣いてる所は見せたくない。
小十郎がやって来た事で、慌てて涙の跡を隠そうとしていた朱音の肩を政宗が抱き寄せた。相変わらず妙に距離の近い振る舞いに驚いて、確かに朱音の涙は止まった。
思惑通りだったのか、政宗はニヤリとそのまま腕の力を強め反応を楽しんでいるようだ。
自分より身体の大きい男性に抱きしめられ、身体を寄せ合う。つい先日もそんな状況があった。それもその時は……。
思いがけず思い出して朱音の顔が尋常でない勢いで赤面する。とんでもない羞恥を覚え慌てて政宗の腕を振り解こうとしていたが、
「ちょっと独眼竜、勝手にウチの子に手ェ出さないでくれる?」
よりにもよってその当事者まで姿を現した事で朱音は一層狼狽した。飛び跳ねる勢いで肩が震えて、政宗の抱擁を抜け出す事が出来た。
「Ah?これはスキンシップだよ。物を知らねぇ忍だな」
「そりゃあ異国かぶれの事情なんざ知らないよ。ここは日ノ本だっつの」
政宗から離れた朱音の腕を素早く引き寄せ、笑顔を貼り付けて言い返しているのは佐助だ。朱音は今また数日ぶりに佐助と顔を合わせたのだが、思い出したばかりの事情に翻弄され、どういう反応をすればいいのか分からずにいる。
「今この子は正式にウチの軍属になってんの。前とは事情違うんだから、無闇に絡んで来ないでくれる?」
「小煩せぇ忍も居たもんだぜ。別に構わないよな、朱音?」
「……ち、近いのは、ちょっと……」
「拒否られておりますぞ、政宗様。朱音も女人なのですぞ」
「Shut up 小十郎。だが……お前、前からこんなnervousだったか?」
政宗は以前、朱音を抱きしめたり首元に口付けした事まであったが、それらに対し今の様に激しく狼狽し離れようとまではしていなかった。
戸惑いこそすれ、異性との接触自体はどちらかと言えば無防備で関心が薄かったような…と言いたげな政宗に朱音は必死に視線を彷徨わせる。無論今自分の腕を引く彼は決して視界に入れないようにだ。
その彼も決して察されてはなるまいと、全力で朱音の変化についてシラを切る事に努める。
「そりゃあ、この子だって旦那と同い歳なんだからいつまでもガキっちょじゃねぇのよ。危ないオスに食べられないように警戒心くらい持つって〜」
ばちん!と思いっきり朱音に腕を叩かれた。
政宗を『危ないオス』呼ばわりしたことで小十郎にもキレられた。