8.願い
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「行かないって言ってるだろ。それを条件にアンタの修行に付き合ってやってるんだ」
背中を向けたまま、ぶっきらぼうに突っ返された。その背を見守るのは闇の力を司る老忍。
「ってもねぇ〜〜この山不便すぎるんだよ。食べ物美味しくないし、冷え込みキツいし、この老体そろそろ枯れちまうよ〜っ」
「おじじには大変かもしれねぇけど、俺は困ってないから」
いつでもおひとりで下山してどうぞ、と。
情緒豊かな老人に対し、背中を向ける少年は淡々と言い返す。年齢的には振る舞いが逆かもしれないが、この二人に限っては大概これが普段通りだ。
「……まだ待つ気かね。もう何年経ったよ」
「必ず会えるって言ってた。ずっと待つ」
少年の本気の強がり。だがそれも間もなく限界が訪れる。
一つは少年の身体の成長だ。身体が大きくなっていく時期で、いよいよ食糧事情が厳しくなる。質の悪い、そもそも確保自体が年々難しくなっていくこの山では、成長するどころか飢え死にの可能性が出てくる。
もう一つは老忍の寿命だ。幽体の『彼女』に話した通り、あの別れから今日までの5年間、少年の傍らについて時折生き延びる術を伝授しているが、近頃は本格的に己の身体の衰えを感じ取っている。
元々忍稼業引退の後の余生を満喫するつもりで、一人旅をしていた先の出会いだったのだ。むしろこんな環境で5年も生きてきた事が奇跡だ。
「ちゃんと術は覚えてってるんだから、それで十分だろ」
「まぁな。ほんと、飲み込みは早いし身のこなしもよくできてる。この老体じゃあもうサル助の相手はかなわんよ」
「サル助って言うな」
「お猿さんみたいに上手に飛び回ってるんだからいいだろ?」
現在はサル助と渾名される少年は、これでも老忍と二人で暮らすようになった当初よりは打ち解けている。そのきっかけとしては、やはり老忍の老いを察したが故だったが、少年自身もこの何もない場所で、何もせず彼女を待ち続けるのも退屈してしまうかと忍の術や技を学ぶようになっていった。あくまで生き延びる手段として。
「でもな、サル助。まずは生き延びねぇと」
「………」
「お前は賢い子だから、このジジが皆まで言わずともわかってるだろ」
切り倒した木の上に胡坐を掻く年齢不詳の老人。基本的に飄々とした物腰だが、確かに近頃はやせ細って、腰もゆるやかに曲がり始めている。
「最近は俺を気にして食べる量減らしてるだろ。未来あるがきんちょにそんな気遣されちゃあ、こっちはいたたまれないぜ」
「してない。じいさんの気のせいだろ」
「これでも俺様は昔は優秀な忍ともてはやされてたんだ。こういう見るのは得意でね」
どや、と笑って見せる老忍に少年はため息をついた。口先も強かなこのご老体に何を言い返しても全て打ち返されてしまうのだ。
「あのお嬢ちゃんを待ちたいのと……まだ他人が怖いか?」
少年は黙って術の練習に戻った。最初に目にした時は不気味に思い逃げ出そうとしたあの闇の穴を、今では自分で地面に作り出し素早く潜り込んだ。年齢不相応の実力を無自覚にも見せつける少年を老忍は穏やかに見つめる。
「大丈夫だ、お前は強い。外でもやっていける、このトザワが保証する」
少年は真っ黒な穴の中にすっぽり隠れたままだが、諭す声はきっと届いている。
「だからこそ生き延びてほしいんだよ。お嬢ちゃんを悲しませない為にも」
「………おねーさん、」
暗闇の中で膝を抱える少年は彼女の名前ともいえない呼び名を小さく呟く。
『また会えます』
あの唐突に訪れた別れの瞬間の彼女の表情を思い出す。
酷く悲しみながらも、それでも再会を確信しているような言い方をしていた。
一日でも早く会いたいと毎日過ごして、長い時間が経ってしまった。正直には言ってこないが少年にずっと寄り添って生活してきた老人も限界が近い。
生き延びるため。また会うため。いよいよ少年が決断する時がやって来た。
数日後、老人の手を引くように少年は長く生活していたほら穴を後にする。その姿を共に過ごしてきた木々達が葉を揺らしながら静かに見送ったという。