7.すれ違いと、想いと
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朱音が回り込んで見た佐助の表情には確かに疲労の色が伺えた。
幸村が武田の大将になってから、片時も休むこと無く佐助は日ノ本各地を駆け回っているのだから当然だ。
ほんの少しの時間でも心身を休めて欲しい。そんな思いで朱音は真新しい怪我の部分を避けながら佐助の身体の前面にも手拭いを当てていく。佐助は目を閉じてじっとしていた。本当に眠気に襲われかけているようで、ゆっくり呼吸をしている。
はやく休ませるべく朱音も手を止めること無く当てていくが、ふと顔の戦化粧が目に止まった。
「お顔の化粧、落としていいですか?」
「どうぞ〜」
片手で擦るのは眠気を妨げしまうかもしれないと、佐助の頬を手拭い越しに両手で包み、親指の腹で彼の特徴である緑の塗料をなぞっていく。
顔や首元の感覚はより直接的に伝わる。手拭いの温かさがより心地よく感じられる。
佐助はぼんやりする意識の中ふと目を開けると、穏やかで、労わるような表情で頬を包む朱音の姿が視界を占めていた。
やはり見覚えのある、見守る表情だ。
懐かしいけれどそれだけじゃない。目の前の彼女は、あの日々よりも沢山傷を負って、悲しみを知って、それでも…他人に尽くす道を貫いた脆くも強い眼差しをしている。
「お疲れさまです、さすけ。おかえりなさい」
目が合ったからだろう。朱音は微笑んでそう告げた。
真っ直ぐで、だからこそ愚かで。はぐらかそうとしても追いかけてくる。
その想いは佐助の胸に熱となって届いていた。
手を伸ばす必要も無いくらい近くにいた朱音の背中を佐助は抱きしめた。
朱音は驚いたものの、両手は手拭いと一緒に佐助の頬に当てたまま身体がくっついてしまい、少し窮屈そうだ。
佐助は朱音の肩に頭を預け、首元に寄せる。それによって更に身体が密着して朱音は無意識に浅く息を吸った。
どうしたのか聞きたいのに、声が出てこない。呼吸をするだけで精一杯で身動きできない。
やがてゆっくり身体が離れたが、佐助はじっと朱音を見詰めている。お互い言葉を交わさない僅かな無音がとても長い時間に思えた。
目を逸らす事はしたくなったが、流石に困惑から佐助の頬から手が降りていく。
その動きを遮るように今度は佐助の掌が朱音の頬を覆い、唇が重なった。
先の無言より更に短な時間だったはずだが、朱音にとってその感覚は何時よりも強烈に焼き付いた。
唇が離れてもまだビリビリと全身が痺れ、様々な感情が押し寄せる。佐助の手はまだ朱音の頬や首元、後ろ髪を撫でるように添えられている。彼の瞳にも多くの感情を宿しているように見えるが…。
「……わたし、あなたの会いたい人じゃない、です……」
「わかってる」
「では、なぜ」
「馬鹿みたいに何度も俺様を追いかけてくるから。……嫌?」
至近距離にいる佐助は表面上は緩く微笑んでいる。けれどその内に葛藤を抱えている事は動揺している朱音にも分かる。
ただ決して、からかってるような口ぶりではない。きっと……本心だ。
どうする、どうすべきだ、どうしたら…?
ぐるぐる回る思考の中、朱音は必死に冷静さを取り戻そうとする。けれど心臓の鼓動がどんどん早くなるせいでちっとも落ち着かない。
不意に佐助が身動ぎをして、衣擦れの音が朱音の耳に飛び込んできた。反射的に片手を突き出した。大した力ではなかったが、その手は佐助の傷痕の残る素肌へ、彼の胸元に触れていた。
音が掌から伝わってくる。朱音と同じくらいドクンドクンと早い鼓動だ。
その音が意外に感じられ顔を上げると、佐助は朱音の意図を汲んだように微笑んだ。
「………これだけ近いと、嘘つけないからね」
どんなに表情や口先で包み隠すのが得意でも、心臓の鼓動までは偽れない。偽れないほどなんだ。その事実が朱音を不思議と安堵させた。
「……さすけ」
問いに直接答えるのは気恥ずかしくて、代わりに腕を伸ばして佐助の首に回そうとした。
それだけで十分だった。佐助の唇がまた近づいて、ぐっと重心が朱音へ雪崩れ込んで来た。
唇が合わさりながら逞しい腕にぎゅっと包まれ、互いの鼓動が更に早く打ち付けていく。合わさる身体は何よりも温かく、熱く感じられた。