7.すれ違いと、想いと
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流石は日ノ本を三分する中の一勢力の頭。
想定通りに復讐に固執し、憎しみに燃える瞳を宿していた。
佐助の今回の偵察先は石田派の本拠地、大坂城だった。
情報を求め潜入したが、ことのほか城全体の守備が徹底されていた。
恐らく防衛の指揮もしていたであろう石田軍の参謀・大谷吉継に見つかり、少々刃を交える事態になってしまった。
あの場で相対した石田三成。
寄る辺たる主を葬られ、復讐に取り憑かれた豊臣の残滓。
その姿は幸村にもどこか重なるように思えた。主を喪い、大敗し……未来に有り得るかもしれない姿…。
(情報を得られたのはいいけど、石田と真田の大将が重なって見えて、動揺しちまったかもな、)
そんな様子で上田城戻ってきた所を、夜更かし朱音にがっつり見られてしまった。最悪のタイミング、よりにもよってである。幸村同様、あのお人好しの表情をまた曇らせてしまった。案の定何か出来はしないかと今回は手当て名乗り出た。
そこまで考えていると足音が近づいてきた。朱音が戻ってきたようだ。
「……灯り、つけないままでいいんですか?」
「どうせ寝るだけだからね。って随分沢山持ってきたね」
襖を開けた朱音は大量の荷物を両手に抱えていた。てっきり塗り薬や包帯ぐらいだと思っていたのだが。
「何にもないこの部屋がいけないのです」
持ち込んだ物資を板張りに置くと、朱音はその中から何かを取り出して佐助の前にパッと広げた。
「服脱いだらこれ被っててください。お身体冷やさないように」
「ほんとに脱がなきゃいけないの?俺様嫁入り前なのに〜…」
「何でもいいですから、おはやくっ」
軽口に応じる事から先程よりは落ち着きを取り戻したらしい。大人しく衣服を脱ぎ始めた佐助だが、どうせだから懐かしい出来事をなぞらえてみることにした。
「はいこれ、食べる?」
外したばかりの鉢金の顔当てを朱音に差し出した。
そう、記憶喪失直後の焼き回しである。知能ごと何もかも忘れ去っていた当時の朱音は鉢金を齧っていたが…。
ぶん殴られるかと思った。物凄い表情の朱音に威嚇されてしまった。
「よく回る口ですね。相変わらず」
一応怪我人であるという配慮か、殴られはしなかったが、少々ぶっきらぼうな手つきで背中を拭きはじめた。
さっと拭き終えると使った手拭いを佐助に手渡し(正面側は自分でやれという事らしい)、塗り薬を施していく。
「鋭い切り傷ですね…。深さの割りに綺麗に切られていますから、出血は少なかったのでは?」
「そうね。物凄い剣線だったよ、石田三成」
「石田様……」
「ああ、ちょっと面識あったんだっけ?」
竹中半兵衛の思惑により朱音が大坂城に一時軟禁されていた際、交流があった人物の一人だ。
背中側の手当てをしている朱音の表情は佐助から見えないが、鈍く息を吐くのが聞こえた。
「平気です。迷いませんから、」
先に言及されないよう躱す為の言葉。強がりで言っている事は、考えるまでもなくわかる。
佐助が何か言う前に、背中に想定外の感触が広がった。
じんわり、と優しい熱が広がっていく。
「わ……あったかい、」
「それは良かったです」
先に身体を拭いたものとは違う手拭いを朱音は佐助の背中に当てている。
人肌より少し熱いお湯で絞って、大きめに折り畳んで佐助の肩甲骨辺りに宛がっている。
冷え込む真夜中、殺風景な部屋には似合わない温かさに、思わず佐助は自分の身体が解れていくのがわかった。
「一人旅の途中、寒い地域の方に教わったんです。身体の冷えは思いの外、不安な気持ちを強めてしまうから温めると良いって」
「で、わざわざ沸かして持って来てくれたの?」
「ちょっとした練習ついでです」
ぴり、と背中の手拭い越しに微かな雷のような気配を感じた。
炎よりずっと効率は悪いだろうが、制御訓練の一環として身につけた技術を応用して湯を用意したようだ。
「いいの?こんな夜中まで起きてるだけで辛いだろうに、力を使うと消耗激しいんじゃなかった?」
「何故それを…、今日は訓練後から夜まで眠ってしまってたんです。だから今は大丈夫です」
訓練に打ち込むあまりここ最近の朱音の生活習慣は乱れてしまっていた。
だがそのお陰で朱音は佐助と話せる時間を得られたし、朱音が手間をかけてあれこれ用意したお陰で、佐助の中に長く留まる懸念やもやもや達が少しずつ溶けていくような心地良さを感じられた。
「ね、前の方もやってよ。ちょっと眠くなってきた……」
ゆっくりと背中や腕に温かい手拭いを当て終える頃、佐助が気の抜けた声でそう言った。
背中を拭き始めた時より、佐助の背筋は緩やかになって、全体的に脱力出来ているようだ。
敵の本拠地に命懸けで偵察に行ったのだから疲弊していて当然だ。
(怪我はしているけれど、無事戻ってきてくれて良かった)
「まぁ、がきっちょの甘えんぼさんでしたか」
口ではからかうが、朱音は快く腰を上げお湯の入った桶を持って佐助の正面へ回り込んだ。