7.すれ違いと、想いと
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『俺様あんたをあんたとして見てないわけ』
それで構わない。
そう言われた所で傷つきもしないし、痛くもない。元より己自身で何者でもないと思っていたのだから、他人にどう看做されようが今更だ。
感謝されたい訳じゃない。ただ、生きて欲しいだけ。忘れ去られたっていいくらいだ。
朱音は絶句した。
脚が重く竦んだが、我に返るとすぐさま駆け寄った。
「なんで今日に限って起きてるの……」
明らかに異質な気配は、先日の上田城が占拠された時を微かだが思い起こさせる。
血の匂いもする。身体を見遣ると普段から着込んでいる鎖帷子ごと裂かれた切り傷が何箇所か確認できた。
『1人にしてくれなかったじゃない、そっちこそ』
あの時の、痛みを知るからこその笑顔は、今も朱音の脳裏に焼き付いている。
ずっとひとりで抱えてた傷を、重く刻まれた痛みを彼もよく知っている。それゆえに何者にも打ち明けまいとしていた心をあっさりとさらけ出せてしまった。
「大丈夫だから、本当に大丈夫だから……そんな顔しないでよ」
ちゃんと見てくれてなくとも、どう思われていようが構わない。構わなかったはずなのに。
彼を見た瞬間溢れ出した感情は、それらとは程遠いような気がした。
「手当て、します」
「ちょ、ちょっと待って」
また逃げられないように、彼…佐助の腕をしっかり掴んで歩き出したが、佐助は制止しようとする。
「自分で出来るって、わざわざ人にやってもらう程じゃないから…!」
「…背中、手が届きにくい所も怪我してるではありませんか」
見たところ流暢に話せてるし、歩き方もほぼ普段通り。本人の言う通り怪我の度合いとしては軽い方なのだろう。
それでも朱音は佐助の方を見ず、腕を引く力を弱めない。その理由を伝えたら佐助は困惑するに違いないから、不必要に口を開かなかった。
「私の部屋にも薬や手当の道具、少しはありますから、来てください」
「こんな汚れた格好じゃ部屋汚しちまうだろ。ちゃんと忍用の部屋もあるから」
朱音が冷静に努めようとしてる事は佐助にも伝わっている。心配してくれていることもわかってはいるのだが、何も言い返す事も許してくれなさそうな雰囲気だ。強引にでも朱音の自室に押しやられるよりはと、忍が普段使う待機部屋へ大人しく案内する事にした。
そこは朱音や一般兵士、女中らが使ってる部屋から離れた場所にあった。正門からもかなり離れ、目に付きにくい場所にひっそりと存在している。
中を覗いてみると、あるのは忍道具くらいで家具は殆ど置かれておらず、生活感の感じられない、何とも殺風景な部屋だ。
「忍部屋は何箇所か他にもあるけど、隊長の俺様がいると部下達は気を遣っちゃうみたいでね。ここは実質俺様の部屋かな」
「もしかして、忍の皆様とはそんなに……」
「ちゃんと仲良しだからね。皆人が良いから気を回しすぎてるってだけだからね」
冗談はさておき。そうして以前から怪我をしても人知れず自分で手当していたのだろう。
佐助にここで待つように、そして勝手にどこかへ行かないように告げると、朱音は必要な物を取りに行くべく走り出した。
(……しまった…、さすけは『わたし』の笑った顔を見ていたいんだっけ、)
早足で城内を移動するさなか、ふと以前言われた事を思い出した。
佐助の様子を気にかけるあまり、さっきまでの己は険しい表情ばかり浮かべていた気がして反省する。
(さすけが少しでも、安らいで休めるようにできる事を……)
自分達二人に真面目なやり取りは本来似合わないのだ。己の中のごちゃごちゃは妨げになるばかりだから持ち込んではいけない。自分達らしい空気感でこそ、互いに一番気楽に過ごせるはずだ。
どうすべきかが少し見えた朱音は少し落ち着きを取り戻したようで、軽くなった足で進んで行った。