7.すれ違いと、想いと
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放課後。
それは学生たるもの部活や委員会に勤しむ時間だ。
「うんうん!小腹が減る時間だもんねっ」
「そうでござりまするね。これから冷え込む冬を前にして、お腹が空くのは必定」
眩しい笑顔を向けられて朱音は安堵しつつも気恥ずかしさを覚える。
時は5分前に遡る。
運営委員として仕事をこなすべく、今日も朱音は放課後の学園内を巡り歩いていたが、ふと甘い焼き菓子のような匂いがしてきて、そちらに足を向けていた。
辿り着いた家庭科室の扉窓から中を覗き込むと予感的中。焼きたてのマフィンやパウンドケーキ達が目に入った。
そうだ、次に家の買い出しに行く時は自分へのご褒美でお菓子も買っちゃおうかな〜、なんて緩みきった笑顔を浮かべた瞬間だった。
教室の中にいた一人の生徒とバッチリ目が合ってしまった。朱音の表情は羞恥で凍りついた。
「わ、わぁ!誰かがお腹空かせた顔でこっち見てるよ!?」
「まぁ、ろく!ろくではありませんか!」
硬直する朱音に構わず、いち早くまつが教室の戸を開けて出てきた。それを皮切りに他の生徒達からの視線も注がれる。
「今日は学祭に出品するお菓子達の試作をしていたのです。よかったら一緒に食べませぬか?」
「え、え、その…!」
ぐいぐい手を引かれ家庭科室内へ招かれ、椅子まで案内されたろくこと朱音。
「話は聞いておりますよ。最近は学祭の運営委員の一員として活動されていると」
「この人がそうなの?なら僕らの企画店を知ってもらういい機会だね!」
初めに窓越しに目があった男子生徒も近寄って来て今に至る。
彼はおっとりした顔つきのちょっぴりふくよかな体格をした子で、目を輝かせながら教えてくれた。
「なんとね、あの片倉さんが僕達家庭科部に学祭用の野菜をくれたんだ!他にもコラボで提供するからって!」
だからこれが今年の目玉商品、お野菜マフィンなんだよ〜!僕は野菜はお鍋で食べるのが一番好きだけどね!と長めの紹介をしながら差し出されたマフィンはたしかに自然由来の優しい発色にして色彩やかだ。
食のある所にまたしても片倉小十郎の名。きっと彼は野菜の人なのだろうと朱音の中でイメージが固まりつつある。
「これも6個食べまするか?」
「い、いえ!もうそんなには…!」
「6個って?」
「ふふ、『ろく』の渾名の由来です。小さい頃は6の数字が好きで、何でもろくがいいと言っていたのです」
「ま、まつさん!そんな昔の話を…!」
昔馴染みによる懐かしいエピソードを公表され再び赤面する朱音。そんな様子をまつはにこやかに見守っていると、再び教室の扉が開いた。
「ま〜つ〜!今日も来たぞぉ〜!腹減った〜!」
「ただいまで〜す。ラッピング素材の調達完了。お値打ちのお店があったよ」
1人は素肌に学ランを直に羽織り、もう1人は両手に大きなビニール袋を抱えた金髪の小柄な少年だ。
「犬千代さま!こちらもちょうど焼きあがった所でござりまする!」
「小助くんおかえり!買い出しありがとう〜!」
「やった〜!!ってろくもいるじゃないか!皆で一緒に食おう!」
もちろん利家とも昔馴染みであるため、朱音が家庭科室にいる事を驚きながらも喜んでいる。
「利家さんも家庭科部なのですか?」
「いや!某は補習の休憩中だ!受験生だからな!」
「犬千代様は夏の引退までは陸上部だったのでござりまする」
「まつは某のマネージャー兼、家庭科部だ!この学年の三年の引退は実質学園祭だからな!」
二人のやり取りで大体の事情は把握できた。
頭を使うにも腹は減る!という事で利家はほぼ毎日、放課後は家庭科部におやつを食べにやって来るそうだ。
利家と共に もしゃり、といただいたマフィンを齧るとふんわりと優しい風味が口の中に広がった。
「んん!美味いな、コレ!」
「お野菜入りだからしっとりして味わい深くなってるんだよ!ね、小助くん」
「うん。ドライパウダーにして混ぜてるから、最後までしっかり野菜の味するでしょ?」
「ドライ製法はとても時間がかかるのですが、こちらの一年生ふたりが頑張ってくれたのですよ」
既製品を買えばもっと手早く出来るが、曰く伝説の片倉野菜を活かす為、部費から新たに食品乾燥機を買って作ったとの事だ。
「手が込んでる分、とても美味しいのですね」
「お褒めに預かり何たる光栄。俺は小助っていって、こっちが家庭科部のエースの」
「小早川秀秋だよ。皆からは金吾って呼ばれてるから君もそう呼んで」
「はい、小助君、金吾君」
「俺は小助でいいよ。小助『君』なんて金吾君くらいしか呼んでないから」
小助と名乗った少年にどこか見覚えがありつつも、朱音も自己紹介をすると、そろそろ仕事に戻るべく立ち上がった。試食させてもらっていたため、思ったより長居してしまった。
そうしたらお土産にと、両手に抱えられるだけのお菓子達を渡された。
「このクッキーにはてんさい糖っていう えぐみの少ないお砂糖を使ってるんだよ!」
「少量でしっかり甘みが出るし、しっとりするし俺はグラニュー糖よりこっちのが好きだな」
記事に出来そうなくらい丁寧に解説してくれる二人に、微笑ましく見守るまつの気持ちが朱音にも少しわかった気がした。