7.すれ違いと、想いと
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「そこの娘、止まれ」
針の様に尖った声が登校中の朱音の足を止めさせた。振り返ると見覚えのある人物が立っていた。
「あなたは確か……三成さん?」
先日生徒会室で出会った男子生徒だった。秀吉は彼を『優秀な書記』と言っていたか。
細身の彼は背筋を伸ばして睨むような勢いで朱音を凝視している。
垂れ下がった前髪に阻まれて見えにくいが、眉間には皺が寄っていそうだ。
「……何か、ご用ですか?」
少々続いた無言が気まずくなって話しかけると、三成は低い声で唸り……漸く言葉にした。
「………すまなかった、先日は」
彼と会うのはこれで2度目であり、それで先日といえばやはり初対面の日か。
緩んだ雰囲気で生徒会室に入った途端、三成にどやされた件について言っているようだ。
「貴様の話は秀吉様から聞いている。学園祭に対する生徒の士気上げの発端たる存在であると…非礼を、詫びる」
最近の学園祭準備の行動を知っているようで、朱音の事は秀吉に絡みに行く不届き者から、学園の為に動いている存在と認識を改めたようだ。それ故の謝罪だろう。
「いいえ、お気になさらず。学園祭が成功するよう一緒に頑張りましょう」
「あ、ああ」
気まずさ故に視線もきつくなっていただけのようで、朱音が笑顔を向けると三成の体の強ばりは解けた。
「そういえば学内ではあまりお見かけしませんが、三成さんはどこのクラスですか?」
「一年だ」
「か、下級生でしたか?」
「なんだ、何か不服か」
「いえ、秀吉さんがとても頼りにされている方ですから、てっきり同学年かと……!」
秀吉に対し敬語を徹底し恭しく振る舞う姿からして、三年生ではないだろうと思っていたが、まさかの歳下であったとは。驚く朱音を他所に三成は秀吉からの評価を、秀吉の昔馴染みという存在からも裏打ちされた事を喜ばしく感じたようだ。
「名は朱音と言ったか」
「そうです。原朱音です」
「原……?」
それも束の間、転校生の苗字を聞いた途端、三成の表情がまたしても険しい物となった。彼もやはり学内で変に目立ってしまっている朱音の兄と何かしら接点があったのだろうか。
ちょうどその時、登校中の生徒達の中から一際目立つ慌ただしい足音が2人の会話に割り込んで来た。全速力で走っているようで、コンクリートの足元から振動も伝わって来そうな勢いだ。
大衆同様、音のした方へ振り返った瞬間、朱音の視界が何かに覆われた。
「持ってろ!」
目の前が一瞬真っ暗になったが声の主は兄・忠朝であることは直ぐにわかった。
顔に当たったものを腕で抱える。忠朝の鞄と手提げ袋だった。今朝一緒に家を出たが、体操服を忘れた忠朝が朱音に先に行くよう言っていたが…。
怒涛の勢いで荷物を預けて走り去って行った理由は直ぐにわかった。続けてド派手な駆動音が迫ってきた。
「忠朝ぉーーーーー!ラップだ!絆の力でヒップホップだぁ!!!」
『ぎゅるぎゅるーーん!!』
兄の静かな日常を大きく変えたと噂の家康と忠勝が追いかけていた。この二人を振り払うべく、荷物を一時的に妹に預けたようだ。
「騒ぐな家康ゥッ!!」
朱音が声を掛けるより先に三成が駆け出して家康に怒鳴った。キラキラした表情で忠朝をロックオンしていた二人はキキッとブレーキをかけるように立ち止まると、三成に顔を向けた。
「おお、おはよう!三成!」
『ギュン!』
「朝っぱらから秀吉様の治めるこの学園の風紀を乱すな!」
「そうだ!三成も一緒にやらないか!学園祭でラップ発表したいんだ!」
「巫山戯るな!私にそんな暇はないッ!」
堂々と会話の腰を折る家康に三成は地団駄踏む。
律儀な性格なのだろう。切り替えられた話題にも即答してしまっている。
『三成には断られてしまった』
前に学内で遭遇した時もそんな話を聞いたような気がする。となれば兄が全力疾走で逃げていたのは、同じく家康らに勧誘を受けているのだろう。
(ラップする兄上に三成さん。意外すぎてちょっと見てみたいかも…)
「私は学祭当日も学内巡回や運営補佐で忙しい!他を当たれ!」
「そうかぁ……寂しいが仕方ないな。だがもし時間があったら是非一緒にやろう!それじゃあ!」
言うがはやく、家康と忠勝はまた猛ダッシュで忠朝の追跡を始め、あっという間に姿が小さくなった。
「……傲慢な奴め。いたずらに道楽に引き込もうとする様はちっとも変わらん」
ストレートに興味が無い、やりたくないと伝えそうな三成だが、敢えて忙しい事を理由に告げたようだ。そう伝える事が家康を諦めさせるに手っ取り早い言い回しだと心得ているらしい。
「もしかして、家康くんとは付き合いが長いのですか?」
三成の方へ歩み寄りがてら聞いてみると、三成はうんざりした顔つきで肯定した。
「それで貴様はその荷物、どうするつもりだ?」
「追いかけっこ長くなりそうですし、学園に着いたら三年生の教室に届けに行こうかと…」
「貴様の兄は秀吉様と同じクラスだったな。行くぞ」
「え?は、はい…!」
三成が朱音の兄を知っていたのは恐らく家康絡みとこれが理由かもしれない。兄に預けられた荷物の片方、重たい学生鞄をさっと取り上げた。
秀吉に会いに行く大義が出来て嬉しいのか歩き出した三成の背中は清々としていた。