4.起点
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「行かないでください!」
背中を痛めてるせいで、どうにも普段より動きが杜撰で手間取ってしまう。それでも必死に探し回って人気の無い方へ移って行き、忍の領域であろう屋根瓦の上に彼はひっそりと佇んでいた。
すっかり日は落ちた夜の闇の中、月明かりが彼の背中を照らしている。朱音から彼の表情は見えないが、きっと呆れている事だろう。
「待って……おねが、っ」
もたもた登っていてはまた逃げられかねない。焦ってた所へ再び背中に激痛が走り、腕の力が抜けてしまった。無事では済まない高さから落下しそうになった身体を彼が抱えてくれた。
「さ、さすけ……」
「本当に……、ったく」
深い深いため息の後、漸く口を開いてくれた。
佐助はまだ血に塗れたままの姿だった。その殆どが乾燥して、動く度にパラパラ落ちていく。彼の姿は普段よりずっと黒く染まっていた。つい気になってしまって、剥せそうな血痕を撫ぜるように朱音は触れていく。
「わざわざこんなとこまで追っかけて来て。何の用?」
「あなたに認めてもらいたくて」
佐助は渋い無言で返した。勿論先の戦闘での事を指しているのだろう。
顔を背け、片手で顔を覆った佐助。決して肯定的には捉えていない態度に朱音は身を乗り出そうとした。
「あのね、今回のもちゃんと俺様の忍としてのお仕事したってだけなんだよ。何をそんな気にしてるか知らないけど、別にあんたが何かする必要ないってば」
目すら合わせず言って。そうしてひとりで背負って行く気か、取り返しのつかない場所にまで。
血塗れの佐助の装束を掴む朱音の手に力が入る。
「……何で今回はそんなに構ってくるのさ」
「ひとりで抱えて、死んでも成し遂げるって目をしていたからです」
「もしかして自己紹介でもしてる?」
「…そう、きっと覚えがあって……だからこそ嫌だと思いました」
「で、似た者同士のあんたならそれをどうにかできるって?」
「……わかりません。でも、手の届く場所にいるのに、何もせず見送るのは もう、絶対に…!」
せめて独りにはさせたくない。汚れ仕事をこれからも進んでこなす彼の本質は、常に深い影の中に在ったのだろう。
はぁ……、と佐助からまた深いため息が漏れる。頑として譲らない、目の前の少女の意思だけは痛いほど伝わってくる。
「……それでも、あんたには殺しにまで足を踏み入れるべきじゃない」
その一線を超えたらもう戻れない。その笑顔はきっと翳り、多くの人が殺しの対象になり得る。常に疑いの中で生きる事になる。
日陰に生を置く人生は、日向を歩く者からは想像しえない苦悩と恐怖が伴う。それも忍なんて本来使い捨ての存在に同情し、投げ打つともなれば…。
「って頼むから、泣かないでよ……」
「泣いてません!」
また瞳からボロボロと感情を零す朱音に、見るに耐えず佐助は涙を拭う代わりに、両頬に手を添えた。
「泣きたくて、泣いてない…!あなたを大切に思う人は沢山います。わたしだって、もう失いたくないだけ…!」
とうに昔からわかっていた。守ると決めた事は覆さず、やり遂げるまで決して止まらない。
あの面影がまた、佐助の奥底で波立つ。だからこそ思い出と重なるこの少女にはこちら側へ来てほしくないというのに。
「お人好しで決めたら後悔するぜ」
「何もしない事こそが本当の後悔です!認めてくださるまで離しません!」
言い争いは見事な平行線だ。何を言っても聞く気配はない。ならばこちらも切り札を切り出さねばならないか。決して使いたくは無かったというのに、と佐助は鈍く重い瞬きをした後、繰り出した。
「……察してると思うけど、俺様あんたの事、あんたとして見てないわけ」
ちょうと今と同じ、月明かりの下で二人で話した事があった。あの時は躑躅ヶ崎館の屋根瓦の上で向き合っていた。
「昔、共に過ごしたという方ですね」
「そ。あんまりにも似てるから、あんたにそういう事して欲しくないってだけ。つまり俺様はあんた自身を見て言ってないわけ」
「……もし、その方にわたしと同じ事を言われたら、聞き入れてくださいますか」
嫌な予感がした。お前自身はどうとも思ってないと伝えたのに、これでも引き下がらないか。
表情を引き攣らせる佐助をそっちのけで突破口を見つけたように朱音は佐助の頬を包んで不敵に笑ってみせた。
「それでも構いません。あなたが独りにならないのなら、どう見られていようと構いません」
そうだった。佐助自身と同じように、己を投げ打つ事も厭わない相手だった。
「……ほんと、このばか」
「ばかでいいんです」
『ばかでいいです。ばかでもいいから…』
『わたしのせいにしてください。全部わたしのせいにして大丈夫ですから』
本当に、本質は一緒なんだ。どこまでもちっとも聞いてくれない。けれどその正体は労りと慈愛。そして何より強い守護の意志。
また影の深層が疼く。何度も確かめては己に言い聞かせて来たというのに、肝心の当人が強気で踏み越えてきてしまった。こうなれば意地を張るのも馬鹿らしく思えてくる。
「もう諦めないと決めてます。だからあなたが諦めてください、さすけ」