こがらしの記憶
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*
「木の葉がたくさんありますね」
「そうだね」
「こんなに落ちているのにまだ樹にもいっぱいついています」
「だけどもう冬になるから、じきに全部散ると思うよ」
「そうなのですか」
「寒くなる一方だよ。これからは」
「じゃあもっと厚着しないと、」
「……この格好がおれの一張羅なの」
「そんな」
「おねーさんだって、何も持ってないでしょ」
見詰めてくるおねーさんの視線からおれの事を心配する気持ちが伝わってくる。
確かに全ての葉が枯れ落ちる頃はずっと寒くなっているだろう。親に放り出されてから初めての冬が訪れる。根城にしてるほら穴は雨風を凌ぐ程のものではないし、厳しい生活になるかもしれない。
不安に思ってもこの環境から逃れて行くあてがあるわけでもない。ちゃんと備えて、耐え凌がなくては命は繋げないのだ。
「たしかに上着の一枚もないと辛いでしょうね……作れないかな、」
「え、」
「待ってくださいね…あ、これ!蔓(つる)がありましたよ!」
「どうすんの」
「藁みたいなものを集めて、こうしたもので繋いで、結べば上着にならないかと思いまして!」
「なるほど、蓑っぽくするのね」
思いの外馬鹿ではなかったらしい。
「まっ、わたしだってできることはあるんですからね!」
「ふーん」
「ちびちゃん、信じてないですね」
「そんな事ないよ」
おれは話せているんだ。ちゃんと他人と、今でも。それが意外だった。
恨んでいるというのに。おれを棄てた両親を、それから周りの人間をも。貧しい生活の中でいつからか向けられるようになった、俺を鬱陶しがる目。やがてそれは暴力という目に見える形になって表れた。
命の危機を感じたおれは着の身着のまま、夜中に逃げ出した。これ以上あの家に居ても悪化するばかり。何を言ったって、おれの言葉はあの二人には届かず、痣が増えるだけ。
だから後悔はなかった。けれどいつかどこかで耳にした『家族の繋がり』や『家族のあたたかさ』という意味のわからない言葉、概念がおれを苛立たせていた。
なんだよ、それ。そんなの無かった。そんなものあるはずがないだろ。
……ちがう、本当にないものなら、おれはこんなに苛ついていない。
あったことを、知ってるから。
僅かな時間でも、優しかった頃を知ってしまっているから。それを忘れられなくて。
だから恨むんだ。覚えているせいで…、
だったら、こんなままだったらそんな記憶なんて…、
「ちびちゃん」
突然ぬくもりに包まれた。そして優しい匂い。おねーさんがおれを抱き締めていた。
「……な、なに」
「ひどく震えていたじゃないですか、だからあったかくならないかなって…」
「……大丈夫だから」
「そうは見えませんでした」
やっぱりただの馬鹿じゃないんだな、この人。
能天気そうに見えて、いざというところは見逃してくれないみたいだ。
少しだけ身体を離してじっとおれの顔を覗き込んだおねーさん。
わかる。鬱陶しく思う目がわかるように、心から案じてくれるあたたかさも。
この人に心配されることをどこか嬉しく感じてる自分がいる。けれどあまりこんな表情はさせたくないとも思った。変なの、なんか矛盾してる。
「おねーさん変な顔」
「な…っ、い、言われ慣れてますからね!」
「ふーん。誰に?」
「……思い出せないけど!だから、そんな事言っても無駄ですからね!凹まないです!」
「その割にはおっきな声出してるね」
「ちびちゃん、いじわるは駄目です!」
「あっそー」
ふと、おねーさんがきょとんと目を丸くした。
「どうしたの」
「ちびちゃんの笑顔、かわいらしいですね」
「……はぁ?」
「だ、だって、今初めて見たんですもの!」
「………、ね、さっさと蓑作るなら作るよ。夜になると暗いし、冷えるし。それまでに終わらせるよ」
「あ、あっ、そうなのですけど…!」
「にぶにぶしない!」
回されていた腕を素早く掻い潜ると、以前藁を見かけた場所を目指して足早に歩き出した。
背後から慌てたおねーさんの声が聞こえてくるけど、今は顔を見られたくなくて、どんどん先に進んだ。
.