3.猿と
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城を去る二人と伊達の軍勢を見送ると、緊張の糸が解けたように幸村はその場に膝をついた。
重責と後悔に苛まれたまま、それでも城主として、大将たらんとして必死に追いかけてきたのだろう。
どこまでも愚かで、正直で、ひたむきで、人情に満ちた人間だ。そんな人物は決して猿になど見えない。
佐助は息を吐いて、夕暮れの空を見上げた。
「すまなかった……佐助、」
「いや……俺様へ謝る事はない」
「今は未熟なれど、必ずやお前にも政宗殿にも認められる大将になる…!お館様にご安心いただくためにも…!」
「……ああ、」
気まずさに似た居心地の悪い空気のなか、静かに言葉が交わされる。
襲撃を受けたが心折れること無く、再び立ち上がることを選んだ幸村の選択が、佐助にとっても現状の最適解だ。
先程よりずっと深く呼吸も出来るようになっていた。視界も開けてきて夕陽の眩しさをちゃんと感じられる。佐助の殺気立った気配が薄れていく。
「城内を可能な範囲で修復せし後、お前たちの持ち帰った情報を聞く。して、佐助……、その、」
不意に幸村は何かを探すように辺りを見回し始めた。その意図は察したものの、どうしたものかと佐助は黙り込むしかなかった。
「朱音は、見なかったか……?」
「……見当はついてるよ。俺様が連れてくるから、旦那は城の状態を見といて」
「う、うむ…」
少しばかり言い淀む雰囲気には気づいたものの、今はどうすることも出来ず、幸村は佐助の背を見送るしかなかった。
*
殺されはしないだろう、と。
魂ごと影に沈む中でも、そう判断はしていたと思う。だから置き去りにしてその場を離れたわけだが。
予想は当たっていた。先程小十郎を撒いた辺りまで向かうと、気を失って倒れている朱音の姿があった。
うつぶせの彼女を抱え起こすと、引き攣ったような呼吸と共に目を覚ました。
「……さ、さすけ、」
視線が合い、目元を腫らしながら呼びかけられた声は、まだ戦場の最中にいるように必死だった。覚束無い動きで朱音は佐助の忍装束を掴む。
「だめです、だめ…あなたは、もう……!」
「もう、終わったよ。ここは取り戻せた」
藻掻く背中を支えて宥めると朱音は虚を突かれた表情を浮かべ、それから全身の力が弛緩していった。
今度はその手のひらを佐助の顔に触れさせると何度もなぞる。元々の戦化粧もわからなくなるほど返り血に染まった佐助の顔を明らかにしたかったためだ。
触れられる手に抵抗することなく、佐助は朱音の行動を黙認した。
「……申し訳ありませんでした、」
「そもそもアンタは武田に仕えてる訳じゃないんだ。今回もただのお節介だろ」
「……だからこのままじゃ、あなたには届きませんか?」
「……?」
「お館様が倒れて、幸村も悩んで、さすけも苦しんでいます。……助けてくれた方々を、わたしも助けたい。でも部外者では、言葉はその心にまで届きませんか?」
『殺します』
先程の言葉は決して偽りではない、そう改めて伝える朱音に佐助の表情は硬い。
部外者からの気休めなど、騒乱の中では意味を成さない。だから同じ土俵に立ちたいと訴えられているのだ。
「何をそんな必死になってるの。大事なお父上の想いはどうしちゃったのさ」
「……もう、後悔したくないんです。父上のご遺志はとても大切な事です。でもそれに沿うばかりでは届かなかったものもあります…!あんな後悔は、もう……したくありません」
失い尽くしたはずなのに、また失った。
生を繋ぎ、また歩みを重ねてきたからこそ、繋がった縁をこれ以上手放したくはないと。
「で、そんなにしてまで失いたくないものが俺様だって?」
「はい」
「……あんたも馬鹿だね」
間を置かず肯定され、つい先程幸村に言われたばかりの言葉と、同じ内容をまた突きつけられた。
進むため、守るため、失わないため。
だとしても殺しにまで染まる必要はない。佐助がそう言い返すのを察したのか再び朱音が身を乗り出してきた。
しかし何か言う前に身体に痛み走ったようで大きく体勢を崩し、佐助が正面から抱きしめるように受け止めた。
「ほんと、あっちもこっちも手が掛かるんだから、」
*
「忍に撒かれたとはいえ、合流がちっとばかし遅かったんじゃねぇか?小十郎…………ってお前、その頬どうした?」
上田城から引き上げて行く中、政宗が小十郎の僅かな異変に気づいた。
元より痕が残っていた左頬の傷になぞるような赤い摩擦線が走っていた。
「ああ、これは……そうですな。子犬に噛まれかけたのです」
「子犬?huーm…お前に噛み付こうとするなんざ、よっぽど元気が有り余ってたんだな」
「そうかもしれませぬな。中々筋の良いお転婆でした」
「お転婆って……まさか、」
刀に裂かれたにしては荒々しいほつれ方をした羽織を整えた小十郎は緩く微笑むと、政宗の背中について上田城を後にした。