3.猿と
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「どうにも城の衛兵や捕虜が少ねぇとは思っていたが……お前の仕業だな、朱音」
不意討って攻め入ったにしても手応えが無さすぎた。その実態に小十郎は得心がいく。左手に収まる刀の切っ先は下げられたまま、落ち着いた声で取り残された少女に語りかける。
自ら姿を現すまでは、そもそもこの城にいる事すら知らなかった。つまり敵の目から逃れつつ彼女は味方の殆どを逃がす事に成功していたのだ。
「自ら前線に立たずとも、お前はそっちの方が向いているんじゃねぇか?」
「……いいえ、もうそれだけでは、いけないのです」
佐助が立ち去ってからの方が、涙が素直に零れていく。拭いつつも目の前の『敵』を朱音は見遣る。
かつて小十郎とは言葉を交わした事も、共に戦った事だってあった。未熟で先走る己を援護してくれた。
けれどそれは過去の話。今は倒すべき敵だ。
決断を元に己に言い聞かせながら朱音は刃を構える。
「他人を思いやるあまり目を曇らせるなよ。そこまでお前が振り切る必要は……」
「曇っていたとしても、これ以上彼ひとりに背負わせたくないんです。小十郎様……わたしはあなたを殺めてでも…!」
「お前にとって真の意味での実践か。俺を仕留められたのなら、この上ない収穫になるだろうよ」
何年も前に初めて戦場に立った時と同じか、それ以上の緊張に襲われる。再び震えそうになる脚元にぐっと力を入れる。
片や小十郎も構えこそしたものの、冷静な眼差しで朱音の様子を窺っている。
「加減は無用だ。来い、小娘」
*
「敵や死んでもいい奴が、俺様には猿に見えるのさ」
「それはさぞかし生きにくいだろ、お祓いでも受けて来いよ」
上田城侵略の親玉こと伊達軍大将・伊達政宗は佐助と対峙していた。
乱れたままの心境で怒りを刃に込め、戦場と化した城内を駆け回る。かつて見たことが無いほど感情が荒ぶらせる佐助の様子が物珍しいのか、政宗は面白がるように応戦している。
「Ha!アンタにもそういう感情があったんだな。普段よかそっちの方がマシだぜ」
軽口と思われたのか瞬間、複数の影が一際激しく斬りかかってきた。抜き放った六爪でいなした先には得意の軽口を封じた忍が殺意の篭った眼差しを寄越してくる。
再び赤錆に塗れた大手裏剣が政宗に振りかざされたが、政宗は躱し際に三爪で防ぐ。両の手が互いの武器とぶつかり火花が散った。
瞬間、拮抗した両者の間に、雄叫びと共に朱槍が割り込んできた。
「……某、この槍の他に償いの方法など知らぬわ!」
佐助と政宗の間に横槍を入れたのは幸村だ。
息を切らしながらも切っ先を政宗へ向けた。
目の前の戦いに集中していた佐助は槍が現れるまで幸村の存在に気づかなかったらしく、動揺を露わにした。
「何しに来た大将!アンタは引っ込んでろ!」
「それはならぬ!」
失態への悔いを引き摺りつつも幸村は、佐助の言葉を制した。
これは譲れぬ、といわんばかりに背筋を伸ばし高らかに宣言する。
「我が槍は、千人を護る為に存在する!佐助、お前の魂もだ!」
「この……!馬鹿野郎が……っ」
使い捨ての命たる忍に向かって護ると。
敵の眼前で言い放った幸村に、佐助は言葉を詰まらせた。どこまでも真っ直ぐな性分はその目を見れば痛いほど理解できる。
幸村と佐助のやり取りを黙って見ていた政宗は六爪を抜き放ったままだ。そう、勝負はまだ決していない。2人は構え直し対峙する。暫しの間睨み合いが続いた後に政宗が闘志を解き納刀した。
「止めだ」
「な、何故だ政宗殿!今の幸村では不足と申されるか!」
「不足?……そうだな。見たいのはそんな空元気じゃねぇ。正直期待外れだぜ。せめて隣のヤツくらいには熱く燃えて出直しな」
腑に落ちないながらも図星を突かれた幸村は言葉を詰まらせた。それでも、と食いさがろうとしていた所へ小十郎が駆け寄ってきた。
「寄り道は止めだ、小十郎。十分に休めた事だし、さっさと大阪へ向かうぜ」
「はっ!」
城は返してやる。そう伝える代わりに伊達主従は踵を返して歩き出していった。