3.猿と
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「アンタさ、何がしたいわけ?俺様の邪魔するなら容赦しないよ」
声色には佐助のいらだちが剥き出しになっている。
その迫力に怖気付きそうになるが朱音はそれでも腕を離さない。これ以上佐助にその責を負わせたくはないと。ぐっ、と真っ直ぐに彼の瞳を見詰めた。
「……わたしがやります、」
「人を殺せないアンタが?ひとりで?この城にいる敵全部を追い出しでもするって?」
非現実的な理想に佐助は鼻で笑う。
元より持久力のない小娘が、荒くれ者の多い伊達軍を1人で制する事など出来まい。
夢物語に付き合っていられないと、今度こそ振り払おうとしたが、朱音の腕には力が篭った。
「……ち、違います。わたしが、殺し、ます」
想定外の言葉に佐助は思わず動きを止めた。
あれだけ呪いのように人を殺さない事に固執していた少女の決断。その場凌ぎの虚言では無いことはその瞳が証明している。
幸村とよく似た真っ直ぐで、偽りを不得意とする目。だが積み上げてきた過去への裏切り、決別の判断には堪える物があるのか、瞳の奥には滲みも伺えた。だからこそその意思は本気であると感じ取れる。
呑気で抜けていて、呆けていて。でも心地の良かったあの山奥での僅かな日々。
幼い孤独の思いを掻き消して、事ある度に己へ笑顔を向けてくれたはずの彼女が、
発熱して山を無理矢理下りた時などとは比べ物にならない。
――――――おれが、そうさせたんだ。
「わたしがもっとはやく決断していれば、あなたがこんなにまでなる事はなかったんです!」
――――――わたしが、そうさせたんだ。
甘えた信念で行動して、その皺寄せは全て佐助に向けられた。きっと心はずっと前から決まっていたはずだ。武田へ、幸村たちと共に戦いたいと。けれど踏み出す事を恐れ、躊躇っていた。そのせいで現在、上田を占拠する敵兵の大半が健在であり、後から来た佐助が一人で戦い、大勢を殺し、彼自身も深く傷ついてしまった。
彼は死を割り切り、躊躇いを捨てた本物の覚悟を宿している。だからといって苦しみが生じぬ訳が無い。そんな事、人ならば誰にも有り得ない。
これ以上彼を闇に沈めてはいけない。独りに浸らせたくない。それ故に戦も、死も、佐助の事も、真っ直ぐに。
「だから……わたしが引き受けます、さすけ」
戯れにも別れを告げる、その為の正しい名。本気であると朱音は伝える為に。
名前を呼ばれた瞬間、佐助の表情が酷く強ばったのが見えた。反射的に手が出たのか、乱暴に突き飛ばされた。
受け身も取れず朱音は身体を強く擦り向いた。それでもこれ以上戦わせてなるものかと、素早く身体を起こしたが佐助に胸倉を掴み上げられてしまった。
「やめてくれる、そういうの」
ズ、と暗く淀んだ眼差しに睨まれ朱音の身体が一気に底冷えた。低く重い声には怒りが篭っており、今に溢れ出しそうだった。
「……あんたはしない、そういう事は……」
「……だ、だから、変わるんです、ちゃんと……っ」
「だから、アンタは違うだろ!また強がって、人の為にってまた無茶を…!」
「さ、さす…け……!」
グッと掴まれている胸元から首への圧迫が強くなる。上手く呼吸が出来ず、それでも佐助から目を逸らさないよう努めるしかない。
恐怖からか様々な感情に圧されるまま朱音の目元が潤む。抗い虚しく雫となって零れ落ちる。
引き寄せられた悲愴の瞳に佐助の姿が映る。全身血塗れで、どこまでも冷酷な目を宿した己の姿だ。獣同然だ。
――――――そうだ、こんな、こんな姿は……!
「見せたくないんだよ、アンタには!おれは、おれはもう、あの頃のおれじゃ……!」
…………違う!
我に返ったがもう遅い。目の前の少女はあの頃共にいた彼女では無いと。何度も確かめたじゃないか。だというのに何を口走っている。
幼い頃触れ合った人物と同じ姿をした人間が涙を流している。その姿に心が乱されたのだ。冷静とはかけ離れた自らの言動に嫌気が差し、佐助は振り払うように朱音を離した。
「……で、何。ホントにやるわけ?」
「は、はい……っ」
尻もちをついていながらも、立ち上がるべく砂を摺る音が掠れた声と共に聞こえてくる。
佐助はもう目すら合わせられない。
「そ。じゃあ俺様先に進むからそこの『猿』のお相手よろしく」
「おい、猿飛……ッ!」
誰に振り向くことなく佐助は姿を影に包み、この場から立ち去った。