3.猿と
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勝手知ったる自分の仕える城で容赦なく刃を振り回し、鮮血に染めていく。
足元の土も、草木も、城壁も、己の身体ごと。
足を止める間も惜しんで佐助は大型手裏剣で次々と侵入者を狩っていく。
忍びらしい小細工を弄する余裕はなく、正面から薙ぎ斬っていく。その鬼気迫る表情に怯んだ一兵卒らは瞬く間に命を散らせた。
人だと思うから殺しを躊躇うか?
ならば人と看做さなければ出来るか?
幼き頃、未だ修行を積んでいた頃の記憶が思い起こされる。
(敵は己を殺しにくる。恐れ躊躇えば死ぬ)
『不平等極まりないが、影の者は易々と生きる事を許されない。それでも生きたいなら、求める人にまた会いたいのなら』
進むために、殺せ。殺すしかないんだ。
「……あ〜あ…猿まみれだね、」
殺す対象は全て『猿』だ。猿の姿で佐助の目には映るのだ。
一体いつぶりだろうか。全身が泥沼で蠢くような赤黒い感覚に沈んでいく。
夕陽が照らす時間帯のはずだが佐助に映る視界は薄暗く、延々と猿と血に塗れていった。
*
「う……っ、これは……、」
呼吸が整わぬまま、城のあちこちで微々たる抵抗を続けていた朱音は、漂ってきた臭いに吐き気を覚えた。
血と臓物の臭い。人が生み出した汚物の臭い。紛れもなく戦場の臭いだ。
進軍していた幸村達が戻ってきたのだろうか。いや、それにしては静かすぎるし、軍勢で交戦している様子はない。
意を決して血生臭い方へ足を進めると、やはり倒れているのは伊達の青備えの者ばかりだ。
ならば単独か少人数で誰かが戦っているのだろうか。
確かめなくては。何が起きているのか。
突如転じた異様な空気に足がすくみそうになるが、負けじと朱音は混濁する死臭の深くへ進んでいった。
刃が交錯する音の方へ、人の悲鳴が上がる方を目指せばすぐに辿りついた。
だが予想を遥かに上回る惨状に朱音は絶句する。
全身血塗れの佐助がたった一人で戦っていたのだ。
慣れ親しんだ軽薄な雰囲気は消え失せ、今はただ一人の殺戮者として存在している。
彼は朱音がやってきた事にまだ気づいていない。それ程までにその衝動にのめり込んでいるのだ。
それに今佐助が対峙している相手は朱音も見知った相手であった。伊達軍副将・片倉小十郎だ。彼も佐助の変容ぶりに驚いてはいるようだが冷静さを欠くことなく刃を交えているようだ。
今の佐助を覆う気配は禍々しい。だからこそ、立ち止まってはいる場合ではない。後ずさりそうになる身体を叱咤し、朱音も声を上げた。
「さしけ、……やめて、やめてください!」
やや上擦った声になってしまったが、届きはしたようで佐助はピタリと動きを留めた。
声のした方へ振り向いた佐助は顔まで返り血に染まり、その奥の瞳は漆黒に染まっていた。訝しげに眉間に皺を寄せたのがわかった。小十郎も制止の声をあげた人物が朱音だとわかると一旦攻撃の手を止めた。
「だめです、さしけ……!そんな状態で戦っては……!」
「だめって、何?俺様、今忙しいんだけど」
見て分からない?と口ぶりこそ普段通りだがその響きはどこまでも冷徹だ。
佐助は今の己を特段異常とは看做してはいなかった。ただこの鈍くも鋭い刃はいつだって心のずっと奥深くに潜ませていただけだと。
「お人好しさんは帰りなよ。ここは遊び場じゃないんだ」
軽蔑を込めた言葉が投げかけられる。
朱音は現実を知る。己がずっと避け続けていた一線が、今の佐助を一番苦しめているのだ。もう取り返しがつかない。だからこそ彼へ駆け寄って片腕を掴んだ。
「だめです!このまま戦っていては、あなたが、あなたの心が壊れてしまいます……!」
「じゃあ他にどうしろって!?」
「……!ごめんなさい、でも、こんなのはいけません!」
腕を振り払われそうになったが朱音は両腕でしがみついて遮った。それによって互いの身体がいっそう近づき佐助の目に朱音の顔がはっきりと映り込む。
朱音は猿には見えなかった。
遠い思い出と同じ姿が佐助の前にいる。
記憶と同じ顔が、怯えたように引き攣っている。その身体の震えが掴まれているてのひらから直に伝わってくる。
深く沈めたはずの感情が、幼い頃のあの時間への執着が蠢きそうになる。