2.再び
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いつまでも中途半端でいてはいけない。
決断したのなら、その意に沿う行動を。
これまでより深く。これまでより重く。これまでより、的確に。
「……副将様は、お忙しいはずでは?」
「こっちの方向に用事があったからね」
嘘だ。誰にも顔を合わせないよう、人が居ない場所を選んで抜け出してきたのだ。偶然居合わせるはずが無い。
「幸村は?」
「今は大丈夫だよ。ただ、誰かさんが見当たらないのを気にして、きょろきょろしてたかな」
「わたしだって大丈夫です」
「じゃあこっち向いてみてよ」
振り向きたいと思わなかった。内側で破裂しそうな衝動を抑えるべく、気を張り詰めているだけで今は精一杯だというのに。
ザリ、と草鞋が一歩こちらに近づいた音がした。
「来ないで。来ないでください」
「そう言われたところで止まらないでしょ、 朱音だって」
「1人でいたいんです」
「1人にさせてくれなかったじゃない、そっちこそ」
先日の上田城が伊達軍によって一時的に占拠された時の事が思い出される。
進軍した隙に居城を敵に奪われてしまい真田軍は狼狽し、偵察に戻って事態を知った佐助は激昂した。
佐助は幸村を叱咤し誰よりも必死になって城を取り戻そうと場内の敵の大半を斬って回った。かつて見た事のない余裕を失った彼の剥き出しの怒りに幸村も朱音も戦慄した。
慄きつつも朱音は佐助を追いかけ、その心の内を垣間見た。
それが決断のための最後のきっかけだった。
拠るべを定め、その為に本当の意味で刃を振るうと。
お家が滅びて長い時間をかけて培ってきた戦法との別れ。今日、とうとうその瞬間を迎えた。最愛の父の言葉を裏切った一刀はあまりにも軽く、容易かった。
存外予想通りの、見慣れた光景がいつよりも己に近い眼前で繰り広げられた。
命を奪った事実には、それほど衝撃を受けてはいなかった。
わかっていた。わかりきっていたのだから。
もしもあの大雨の瞬間に戻れたら。あの時己が刃を握っていたのなら。刃が届くのならば。
きっと、躊躇いなく。
「わたしは、人を殺せる人間ですッ!だから!」
決して己は清い存在などではない。ただその一線を超えるに足りていなかっただけだ、今までは。
「だから平気なんです!ちゃんとこれからも戦場に立って敵を殺めます!そうすれば武田の皆様のお役に立てますし、」
「……ほんと、こないだの俺様見てるみたい」
顔を合わせぬままの朱音に呆れたような佐助の声が割り込んできた。
その言葉に不意を突かれ、瞬きの内に佐助は朱音の前に回り込んで両頬を包んでいた。
涙こそ流していないか感情を抑えようと焦り血走った目が佐助に晒された。対して彼はそんな朱音を憐れむような、労わるような柔らかい表情を浮かべていた。そう、まるで先日の佐助と向き合った時の朱音のように。
こないだみたい。否定しようもなくその指摘通りだ。そう思うと不思議と気持ちが落ち着きを取り戻し始めた。それなら腑に落ちると。
「……では、あなたもこんなに恐ろしい気持ちだったのですか。死んでしまいそうなくらい苦しい、こんな……」
「さぁね〜?」
穏やかな作り笑いを返された。両頬を包む佐助は柔らかい力加減だ。物言いに反してその思いは直感で感じ取れた。
ゆっくりと息を吐いて朱音は頬に添えられている佐助の手に自らの手を重ねた。
「……人の気持ちも知らないで踏み込んでくるから突っ返してやろうと思ってましたのに。それじゃあ本当に、あの時のあなたと一緒ですね」
「え〜何の事やら?」
互いに言葉は多く紡がず、やれやれと。お互いにちょっぴり意地の悪い笑顔が浮かんだ。暫くは笑顔なんて到底浮かべられまいと思っていたのに。
「もう大丈夫です。きっと大丈夫になれます。……ありがとう、」