2.再び
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授業後に武道場に来い。
朝食のパンを咀嚼していると、兄にそう言われた。
授業後、つまり夕方の部活の時間帯を指しているのだろう。目玉焼きをつつきながら若干目をこちらから逸らす忠朝の様子を朱音は不思議に思い、呼び出された理由を尋ねるがどうにも躱されるばかりだった。
もやりと気になるまま一日を過ごし、指定の時刻になり、帰り支度を済ませると朱音は武道場を目指す。
「失礼します、」
挨拶をしながら入ると夕方の武道場から独特の熱気を感じた。普段板張りに踏み入る事もないため、靴下越しにじんわりした熱が伝わってくる。
制服を着たままの、文字通り部外者が入ってくると、当然剣道部や柔道部員の目を引いてしまう。ひとまず剣道着の生徒が多くいる方に視線を彷徨わせると一際背の高い兄を一番に見つけた。
「おお、来よったとね!」
見つけた兄に話しかける間もなく、入口側から別の人物に声を掛けられた。
そちらを向くと剣道着を纏った姿勢の良い老教師が佇んでいた。
「おまはんが忠朝どんの妹じゃの!」
「は、はい」
状況的にこの人物がが剣道部の顧問なのだろう。
声が聞こえてきて気づいたらしい兄も朱音の元へやってきて隣に立った。
「先生、こいつがそうです」
「なるほどの。癖毛な所ばそっくりじゃのう」
「兄上、わたしがここに呼ばれた理由は?」
「すまんの。この島津が会うてみたいと忠朝どんに頼んだんじゃ!剣道部ば勧誘ではなか、安心せんね!」
腰に手を当てて快活に笑ってみせる島津先生。それだけの為にわざわざ呼ばれたというのも不思議な話だ。余程兄が先生に気に入られているという事なのだろうか。
と思ったが肝心の兄は眉間にやや皺を寄せている。何か不服そうにしている時の表情だと思った所で兄に腕を引かれた。
「……もういいだろうか」
「なんねなんね、せっかく妹御が来てくれよったのにもう帰す気とね?」
「少し、嫌な予感がして…」
「え、え?」
「そう恥ずかしがらんでもよか!練習風景も見学でもしてもらえばよかね!」
「恥ずかしがっているわけでは……とにかく、」
何かに急かされる様子の忠朝が朱音を武道場から連れ出そうとしていると、バン!!と大きく扉が開け放たれる音が道場全体に響いた。
異様に身体を強ばらせた忠朝が誰よりも速く入口を見遣ったが既に遅かった。
「忠朝ー!探したぞっ!!今日は久しぶりの部活動だったか!」
『ギュギュギュン!!』
元気な2人の生徒が飛び込んできた。
1人は丈の短い腹出し学ランを着て眩しい笑顔を振りまく生徒。その隣には何年生とも取れぬ、そもそもこれは生徒なのかやや怪しまれる、鎧めいた大きな体躯に学帽を被った学生がいた。
忠朝と顔見知りなのだろう。今しがた朱音の腕を引こうとしていたはずが、反射的に今度は自らの背中に朱音を隠すように追いやった。
「おお?その子は誰だ、忠朝?」
しかし見逃してはもらえなかったようで、目ざとく腹出し学生は朱音に興味を持った。
誰だ?と言われ同じく興味を持った朱音が兄の背から顔を覗かせると彼はにっこりと笑ってみせた。
「おお、見ない顔だな!」
「馬鹿が、なに顔出してる…!」
嫌な予感とは彼らの来訪の事だったようだ。忠朝が顔をよりしかめている内にその男子生徒は駆け寄って爛々と朱音の顔を覗き込む。
「はじめまして。儂は1年の徳川家康だ。君は?」
「原朱音です」
「原!ということは忠朝の…?」
「余計な事をムガッ、」
「はい、妹です」
どうも忠朝はこの家康に妹の存在を知られたくなかったようだが、家康は相変わらずニコニコしたまま自分より背の高い忠朝の口を手馴れた様子で塞いで朱音に挨拶をした。
「兄上に御用があるのですか?」
「そうなんだ!儂らの囲碁将棋部に是非また来て欲しくてな!」
忠朝が何か抗議したそうに家康を睨む。が、当の本人は慣れた様子で気にしていないようだ。それどころか家康達だけでなく武道場の生徒、教師までもが『また始まった』と言わん雰囲気でこのやり取りを見守っているようだ。
「大会の時、部員が定数に足りず出場が危うかった囲碁将棋部に助っ人で来てくれたんだ!経験が無いと言っていたが忠朝はとても筋が良くてな!」
「、あれは適当にやってただけで…」
「謙遜するなよ忠朝。お陰で準々決勝まで進めたんじゃないか!」
「とにかく、もう俺は関係無いだろう…!」
「そんな事言わず、また練習に付き合ってくれよ、頼むよ忠朝〜!」
『ギュイーン、ギュン』
朱音は驚いている。何せこんなに目に見えて怒って(?)言い返している忠朝の姿は初めて見たのだ。まるで忠朝にからかわれている時の自分のように、今は後輩相手に必死になって言い返している。
ぽかんと見つめる視線に気づいたのか、忠朝は家康にグイグイ引かれる腕を払い除けると、バツが悪そうに視線を逸らした。
「朱音殿からも説得してくれないか。この通りなかなか首を縦に振ってくれないんだ」
『キューン…』
元気そうに落ち込む二人の様子を見て改めて兄の表情を伺うべく回り込んだ朱音の頭にぽかんと拳が降ってきた。
「まだ何も言ってないです兄上っ」
「真に受けるな、馬鹿が」
「照れ隠しにしても暴力はいけないぞ忠朝!大事な妹だろう」
「何が照れ隠しだ!口塞いできたお前に言われたくない!」
「がっはっはっは!やはりおまんらが来よると忠朝どんも活き活きするとね!」
「先生……ッ!」
島津先生まで笑い出してしまい完全に忠朝の状況はアウェーだ。
朱音も新鮮な兄の様子を見られて満足だ。家康に兄の表情筋を崩すコツを聞いてみてもいいかもしれない。もちろん兄が居ない所でだ。