2.再び
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個の意志を隔つもの。そんなものはこの乱世にいくらでも存在する。
例えば先日の薩摩で果たした実兄との再会。己と同じように偶然を重ね生き延びていた兄は未だ何者でもない妹と対峙する選択をした。切り捨てたくはないと思っていたとしても、今ある立場を優先させる他なかった。
そして今も、また。両者共に。
「そう……決心したのね、朱音」
「はい。それで、その、お市様に……」
混乱の最中の甲斐・躑躅ヶ崎館にて朱音はお市と向き合っている。
畏まって正座する朱音の身体が強ばっているのが見ているだけでわかる。
「そんなに悲しそうなお顔をしないで。市は朱音を応援したい。その気持ちはずっと変わらないわ」
唇を噛み締める朱音の頭をそっと撫でたが、一層泣きそうな表情になってしまった。
承知して決断したはずだけれど。覚悟して向き合ったはずだけれど。これまで共に過ごしてきた大切な恩人に告げるには並ならぬ勇気が必要だった。
「朱音が、武田の人間として行動すること……沢山考えて決めたんでしょう?」
「……はい、でもわたしがひとつの軍に拠る事で、織田家であるお市様とは…」
「そうね、きっと一緒にいない方がいいわ。分かたれる事になるのね、市も……寂しい、すごく」
「申し訳、ございません…」
「でも、やっぱり朱音には進んでほしいわ。市の思いは変わらない。朱音には後悔してほしくないから…」
織田信長の実妹にして、今となっては織田軍の数少ない生き残りであるお市。
当人に乱世に介入する意志はなくとも、あの第六天魔王と呼ばれた信長の忘れ形見。密かに織田復興を望む一部の勢力にとっては、喉から手が出る程欲しい象徴に違いない。
そんなお市が特定の軍の者と共に行動することはあらぬ憶測も立てられる上に、乱世の勢力ごと大きく変動させかねない。従って朱音が武田軍の人間として行動する事にした以上、共にいるべきではないのだ。
「市も聞いているわ。先日の上田城のお話」
「……はい、無事城を取り戻す事は出来たのですが、その時に……いつまでも漠然とした気持ちでいてはいけないと痛感したのです」
乱世を恐れる気持ちは寧ろ増した。かつては交流のあった相手すらも敵対する事になり、一時は城を奪われる危機にまで瀕した。
だからこそ、だからこそ、一番を選び、志を定めなくてはならない。迷わない為に。護る為に。いつまでも稚児のように欲張り続ける事など出来ないのだ。
そうして手放さなくてはならないものの一つも、目の前に。
お市自身も薄々感じ取っていたという。朱音に寄り添うべく共に甲斐に留まっていたが豊臣滅亡の後、日ノ本が再び各勢力が乱立し始め、己の立ち位置を定めなくてはならない時が来るかもしれないと。
「市は、天下なんて欲しくない。ただ朱音や皆が穏やかに暮らせるようになってほしいだけ…」
「はい……」
「だからね、周りの人達が納得してくれる場所に行ってみようと思うの」
「それは、どこに…?」
「朱音もよく知ってるところよ。あの人達なら元々織田家に仕えてくれてたし、きっと荒事にならないように市と一緒に行動してくれると思う」
「前田のお家……ですか?」
こくり、とお市は頷いた。朱音も幼い頃何年も世話になった場所だ。確かにそこならば市を手厚く迎えてくれることだろう。国主たる利家とその妻まつの人柄もよく知っているが故にすぐさま賛同できた。
そして決断した今となっては、容易く向かう事のできない場所になったという事も理解した。
「だから、また会おうね。今度こそ乱世が終わって、何の不安も無くなった時に」
「はい……!必ずや、また……お市様……!」