2.再び
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新しい学校に通い始めて早1週間。
授業や校内にも少しずつ慣れてきた。まだまだ暑い日の続く9月だが、前の学校までとは違い家まで徒歩で行き来できるのは有難い。
(早起きも得意じゃないし、通学時間が短いと助かるなぁ、)
夕陽に照らされる授業後。部活動もまだ決めていない朱音は本日は直帰すべく正門を目指しているところだ。
すると向かう先に木陰のベンチでうずくまっている人影が目に入った。体育座りをして俯いているようで具合が悪いのかもしれない。
「どうされましたか!」
小走りで向かい、うずくまってるいる生徒に話しかけた。
この日差しと暑さだ、日陰に居たとしても熱中症を起こしているのかもしれない。
朱音の声を聞いてゆっくり顔を上げてくれたが、顔色が優れないように見える。
「具合が悪いのですか、一緒に保健室までお連れしま…」
「保健室は…いや…」
「え?」
「それに、具合も悪くない…」
ベンチの上で体育座りをしていた脚をスッと降ろした女子生徒が朱音をじっと見詰めた。
「ごめんなさい、ちょっと待ちくたびれて眠くなっちゃっただけなの…」
とても綺麗な人だ。まずそう思った。人形のように艶やかで纏まった髪に整った顔立ち。物憂げな目元は奥ゆかしく、惹き付けられてしまう。
彼女に見とれてしまっていることに気づくと朱音は慌てて首を振った。
「失礼しました、勝手に勘違いして…」
「ううん、気遣ってくれてありがとう。ふわふわちゃん」
「ふわふわちゃん?」
「あなたの髪、綿菓子みたいにふわふわしてるから」
「か、髪…!おかしな跳ね方してますか!?毎朝整えるのは頑張っているのですけれども…!」
「かわいいわね」
ふふ、とマイペースに笑う女子生徒の意図が読み取れず、朱音は慌てて自身の頭髪を触ったり、振り返っては髪が爆発していないか確認すべく慌ただしく動き回る。
賑やかな子ね、と彼女は微笑むばかりだ。
綿菓子おいしいよね、とも言われてとりあえず頷いておいた。
「それで、待ち人はいつ頃みえるのですか?」
「わからないの。すぐに戻ってくるって言って駆け出したまま……もう15分くらい経ってるわね…」
「そうなのですか、何かあったのでしょうか……」
「わりとよくあるの。きっとそろそろ……あ、」
彼女が見つめた方向から1人の男子生徒が全力疾走でこちらへ向かってくるのが見えた。
真夏だと言うのに、制服のボタンを1番上まできちんと締め、頭には白いヘルメットを被っている。
「市ぃ!待たせたな!正義完了だ!」
「おかえりなさい、長政様」
本当に全力で走ってきたのだろう、玉のような汗を浮かべている。ハァハァ息を切らしながらも夕陽と同じくらい眩しい笑顔を向けた長政と呼ばれた男子生徒に、女子生徒…お市がハンドタオルを手渡す。
かたじけない、と礼を述べ長政は額の汗を拭き取っていく。
「すまなかったな市。制服の着用が乱れた生徒がいたのでな!この私が指導していたのだ。するとその周りにもいい加減な身なりの者がいて、その周りの周りにも……!こ、これでも急いで来たのだが…!」
「ううん、そうなんじゃないかって市もわかってたから。それにこの子が一緒に待っててくれたの」
「おお!」
ハキハキ喋る長政がぐるりと朱音の方へ首を向けた。姿勢の良い彼に合わせるように思わず朱音の背筋も伸びた。
「君が市と共にいてくれたのだな、礼を言おう!……ところで、見覚えのない顔だな」
「その、最近転入してきたんです」
朱音の返答を聞いて長政は得心がいった表情で手を打った。
それを聞いたお市も少し驚いたようで二人揃ってまじまじと朱音を見詰める。
「そうか、君が忠朝の妹か!」
「ほんと?あの忠朝さんの?」
「は、はい、そうです。忠朝兄上の名が出たということはおふたりは3年生ですか?」
「然り、私は君の兄上と同じクラスなのだ!」
「そうだったのですか。教室の兄上はどうですか?」
何気ない質問のつもりだったか長政とお市は顔を見合わせてにっこり笑い合った。
「今年から、随分印象変わったよね」
「そうだな。あの熱心な後輩のお陰だな!」
熱心な後輩?初めて聞くと思われる兄の情報に朱音は首を傾げる。
どういう事か訊ねる前に2人が更に話してくれる。
「もっと物静かな奴と思っていたのだが存外面白いな、君の兄上は」
「市も最初はびっくりしたわ。後輩相手にあんまりにも真剣に言い返してるんだもの」
「言い返してる…?」
妹である朱音相手には、普段から余裕そうにのらりくらりと返すあの兄が真剣に言い返す相手……しかも後輩だという。もしや自分の知らない兄の一面を知るチャンスかもしれない。
もっと詳しく聞こうとしたが、そもそもお市は長政を待つ為に暫く1人でいた事を思い出しまた日を改めた方がいいと考えた。
「それなら途中まで市たちと一緒に帰りましょう?」
「そ、そんな!お二人の大事な時間をお邪魔してしまいますし…!またお会いした時にでも聞かせてください」
「なっ!き、君は私達を何だと思ってるのだ!」
「あれ?てっきりお付き合いされているのかと……」
「違うの……?長政さま…、」
「〜ッ!ち、違わない!な、ならばさっさと行くぞ、市!」
耳まで真っ赤になった長政がお市の手を取りややぎこちない様子で歩き出した。そんな様子さえ愛おしいのかお市は口元を押さえながら朗らかに笑っている。二人は最後に振り返って朱音に手を振ってくれた。
「また会おうね」
「はい、お気をつけて」