こがらしの記憶
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結局大雨は5日くらい続いた。
小雨になる頃にはおれの熱も引いてだいぶ回復した。
「ちびちゃん!良かった!」
雨なんてお構い無し。おねーさんが晴れやかな顔でおれに抱きついてきた。おれの都合もお構いなしにうりうりと頬ずりまでされた。
「……あら、怒らないのですか?」
「……今だけだよ」
散々心配させて無理をさせたのも分かってるから、今回は特別だ。
するとまた抱き上げられてぴょんぴょんその場で跳ね始めてしまった。
「ちょっと!もう治ったんだから、それやめて!」
「ええー!そんな、ちびちゃんこんなに可愛いのに…!」
「調子に乗らないのっ」
有頂天にして無防備なおねーさんの頬を軽くつねってやった。
存外すぐに降ろしてくれて今度はおねーさんの両手がおれの頬を覆った。
「でも良かったです。本当に、無事で…元気になってくれて……」
本当、なんでこんな事でこんなにも幸せそうな表情をしているのか。ほんとにバカなんだから。
心底嬉しそうに、なんならちょっと泣きそうな顔をしている。大雨の山の中ガキ抱えて一晩中歩く方がよほど怖かったろうに。
「……へんな人」
「変でもいいんですっ」
「おれのほっぺ揉まないで!」
「そんなぁ〜、ちょっとだけ…!」
「村の人にご挨拶してきたぞ〜」
おねーさんのせいで騒いでいると外に出ていたじいさんが戻ってきていた。
どうやらこの納屋を貸してくれていた村人にお礼を言いに行ってたらしい。
「それなら、わたしも行きましたのに…!」
「いいのいいの。ちびっ子まだ本調子じゃないんだから付いててあげな。別に村の人も気にしてなかったよ」
ニッコリ笑ったじいさんと目が合った。この飄々とした人物には何故だか勝てそうな気がしない。
年齢や体格差もあるけれど、何よりこの底知れない雰囲気が。
「それでは出発ですね、おじいさまも本当にありがとうございました」
「お前たちに出会った場所まで結構歩くぞ?雨も止んでないし、また送ってあげるよ」
「何から何までありがとうございます」
送る?
不思議な言い回しだ。おれはあの時意識がぼんやりしてたからよく覚えていないけど、馬か何かに乗ってここまで来ていたのだろうか。
「ほい、お二人さんどーぞ」
「嫌だぁああっ!!」
ぱっくりと室内に不自然に空いた穴が突如現れた。
落とし穴と似ているが、真っ黒で真っ暗で底の見えない深そうな穴。
室内の板張りに出来たそれに手を差し伸べられ、つまり入れということなのだろう。
「大丈夫ですよ!わたしも最初は驚きましたけど、この中寒くないですし、ちょっと暗いだけで…」
「警戒心なさすぎ!こんな得体の知れない穴に入って移動してたの!?」
「まぁまぁ、お嬢さんは人を見る目がちゃんとあるからそんな心配なさんな」
「やだ、やだ!おれ入らないから!」
後ずさった所を逃さずじいさんは素早くおれをひっ捕まえると穴の中へ放り込んだ。
思った通りの真っ暗闇が広がった。黒色ばっかりで他には何も見えない。落下する感覚は全くなかったものの、地面があるのかないのかよくわからず足がふわふわしてて気持ち悪い。
じたばたする間もなく、おねーさんも上から降ってきた。
「大丈夫ですか、ちびちゃん」
「大丈夫じゃない……なんなのこれ」
「おじいさま曰く、かっちょいい忍術、ニンニン!なんですって」
「忍術……?」
手で印を結ぶような格好をして片目を閉じたおねーさん。多分あのじいさんがやってたの真似してるんだろうな。
こわ。絶対おれ忍者になんかならない。
真似っこをやめると闇の中膝を抱えるように座る姿勢になったおねーさんの隣に移動し、仕草を真似してみると確かに変なふわついた感覚は落ち着いた。
「でも忍術すごいですよね。わたし1人だったらちゃんと安全な所までちびちゃんを連れて行けたかどうか……改めて、危険な目に遭わせて本当に申し訳…」
「そういうの、いらない」
「え…?」
「おねーさんはぼやぼやしてればいいの!」
笑顔が消えたおねーさんは見たくない。
そっぽを向いたおれの頭に手のひらが乗せられた。
「ありがとう……ちびちゃん」
「お礼言われる事してない」
「もう、ちびちゃん。あれもこれもないないって」
「だってそうでしょ」
ふふ、と漸く笑い声が聞こえてきておれもちょっと安心できた。おねーさんの肩に頭を預けた。こうするとおねーさんが喜ぶの知ってるんだからね。
おれが近くにいるとおねーさんは基本的に頭や背中を撫でて機嫌良くなるもんね。今回の件のごめんなさいとお礼の代わり、なんてね。
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