こがらしの記憶
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どれくらい歩いただろう。
何も見えない山の中、おねーさんに抱えられながらずっと歩いて、歩いて…。
一度大きく転倒してからおねーさんは休むことなくずっと進んでいた。地面が大きく傾いている所は片手で木を伝いながら慎重に。
長く長く歩いていれば流石に口数も減った。 雨音ばかりが聞こえて時間の感覚もわからないし気が遠くなるみたいで、実際おれは少し眠っている時間もあったかもしれない。
ぼんやりした意識の中おねーさんの胸元に頭を預けてるとまた俺の頭を撫でられた。くるまれている袴越しだからわからないけどきっとおねーさんの手だってずっと冷たくなっているはずだ。
しばらくして、おねーさんの足が止まって息を吐いたのがわかった。
おれも顔を上げ周りを見回した。
目の前に深い木々はない。相変わらず視界は真っ暗だけど、それでも一時よりはほんの少し明るくなっているように感じられた。
………山を下り終えたのだろうか。
足元には低い草が茂っている。それでもいつものような枝や枯葉はほとんど見られない。
ある程度整備がされている地面…道ということだろう。人のいる場所に近づいたのかもしれない。
「ついた……のは、いいのですけど……」
くたびれた弱々しい声だった。
おれはおねーさんを見上げる。
「お医者様か、頼れそうな方は、どちらに……」
「………」
山を下りて視界が開けたのはいい。けれど見た感じおれにも見覚えのない場所で、これからどちらに進めばいいのかわからないのだ。
まだまだ辺りは薄暗くて遠くまで見渡せない。山を下りきるまで踏ん張っていたのだろう。途方に暮れたようにおねーさんは座り込んだ。
浅くも深く、大きく息を吐いた。
「ごめんなさい……ちびちゃん、」
もうちょっと歩きますね、とまた立ち上がろうとする。ガクガク震えている脚の感覚がおれにも伝わってくる。
「……ちょっと休もう、おねーさん…」
おれのおでこにおねーさんの手が当てられた。やがて緩く首を振ってふらつきながら立ち上がってしまった。
息も整わぬまま歩き出そうとしている。
「おねーさん、おねーさんってば…っ」
ぐっと胸元に頭ごと抱き寄せられておれからおねーさんの表情は見えない。けれどわかる。おれの熱が下がってないから先を急ごうとしているんだ。おねーさんだって何時間も山道を歩いてかなり疲れてるはずなのに。ここのままじゃおねーさんだって…。
「そこのおふたりさん。どうしたんだい、こんな夜更けに」
おねーさんじゃない、人間の声。久しぶりに聞いた。
おれは思わず身体に力が入る。おねーさんもそれに気づいたようで何度もおれの背中を撫でてくれた。
*
おれたちの前に現れたのは1人のじいさんだった。
大荒れの天候の中では心もとない傘を差して申し訳程度の灯りを携えていた。らしい。
というのも、その時の状況はおれが目覚めてから聞いた話だからだ。
「ほら、ちゃんと飲めちびっ子」
「変な呼び方しないでくれる……それまずいもん」
「ちびちゃん、お鼻をつまんで味わおうとしないで飲むといいですよ!」
「やだ…」
途方に暮れてた所に現れたじいさんもこの辺りの住人ではなく旅の者だと言う。
おねーさんから事情を聞くとヘトヘトだったおれたちに代わって周囲の村まで話をつけに行ってくれたらしく、今は納屋みたいな空き小屋をおれの療養の為に借りている。
常備していたという薬も渡してくるし、なんだかやたら手際の良いじいさんだ。
「こーら、お嬢さんを困らせてやるなよ」
「……うるさいな」
そしてこの的確におれの癪に障る物言い。
下山するに至った経緯を思い出したおれはしぶしぶ身体を起こした。まだ頭を持ち上げようとするとぐわんと痛む。
思わず手で押さえるとおねーさんが背中を支えてくれた。
「お水、ここにありますからね。お薬を口に入れたらすぐ一緒に飲みこんでくださいね」
力無く頷いて、しぶしぶしぶとおれはじいさんからもらったクソ苦粉薬を口に運んだ。
悔しいがこれを飲んでから確かにちょっとずつ身体が楽になっていっているんだよな。
「おじいさま、本当ありがとうございます。わたし達を助けてくださって…」
「いいのいいの。世は情けっていうだろ。お嬢さんの傷もだいぶ良くなったみたいだね」
「おかげさまで、」
「容態が落ち着くまでここ使っていいそうだ。雨もまだ止まないし、焦らず休みなよ」
再び布団に横になった俺の上でおねーさんとじいさんが会話してる。
転んだ時の傷が治ってきてるようで良かった。ちゃんと乾かして袴まで履いてるおねーさんがおれの頭を撫でる。じんじん響く痛みがこの手のひらが置かれると和らぐ気がする。ちょっとだけ心地良い。ちょっとだけね。
じいさんと会って1日は経っただろうか、おねーさんも落ち着いてだいぶ元気になったようだ。
「お?あんたら姉弟じゃないのか?」
「ちびちゃんはわたしの先生なんです」
「……そんな言い方しても伝わらないでしょ…」
相変わらずのこのおマヌケ。でもそんなぽやぽやな状態にまで戻ってくれて良かった。
あの夜更け。口数が減って余裕を無くして、険しい顔をしていたおねーさんはもう見たくないと思った。
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