こがらしの記憶
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*
石を集めてほら穴まで持っていくので1日。
翌日たる今日からは大小様々な大きさの石を均衡が取れるように積み上げる防風壁作りが始まっている。のだが…
「やっぱり降ってきちゃいましたね」
昨日から広がっていた雲はやはり雨を連れてきた。今日は小雨の中の作業だ。
おねーさん発案だったけど蓑を作っておいてよかった。直に身体にあたる雨風が少し減るだけでもだいぶ体力を温存できる。まだまだ低い位置だけど石を滑らせないように気をつけなきゃだし、おねーさんもヘマしないように見といてあげないと。
相変わらずおしゃべりなおねーさんと暫く作業を続けていたが昼頃になると雨足が強くなってきた。
これ以上強まってしまうと今日は流石に厳しいか、なんて考えてたら不意に背中から温かい感触に包まれた。
「……なにしてるの、おねーさん」
「すみません、ちょっと肌寒くて」
そう言いながらおれの両手の指先もおねーさんの手のひらにきゅっと握られた。
これじゃ続きができない。というか、おねーさんの手、結構あったかいのに何でわざわざ…。
ああ、そうか。もしかしてこの人…。
「……ちょっとこのまま、休憩しませんか?」
今朝から降り始めて止む様子のない雨。身体が冷えてたのはきっとおれの方なんだ。ぼやぼやしてる癖によく見てて、変に気遣われて……なんか、もう。
「しょうがないね、いいよ」
「ありがとうございます。じゃあもっと、ぎゅーです」
「も、もう!苦しいってば!」
*
昼を過ぎたら雨足は更に強くなってしまった。空を見回しても雲の切れ間は見えない。
「今日の作業はもう無理かもね…」
寝床も兼ねているほら穴の中でおねーさんと雨の様子を伺っているが今日中には止まないかもしれない。
冬を目前にしての大雨。それでも十分に寒い、んだけどさっきからおねーさんが全然おれから離れてくれなくてそっちの方が気になる。背中から包むように抱きしめたままどれくらい経っただろうか。
「……流石にもう平気だよ。離れていいよ、おねーさん」
「………」
珍しく無言で返答したおねーさん。無視ということではなく、何て返そうか悩んでいるみたいだ。
それから少し押し黙ってから、回す腕の力を少し強めて彼女にしては珍しく低く息を吐いた。やがて口を開いた。
「……提案があります、ちびちゃん」
不似合いに畏まった雰囲気だ。おれからおねーさんの表情は見えないんだけど声色からして気まずそうというか、何かを躊躇っているような雰囲気が感じ取れた。
「なあに?」
「天候、これからもっと荒れるかもしれません。だから今の内に、1回だけ………この山から下りませんか」
は?何を言ってるんだ、この人は。おれがここに一人でいる事情、最初に言ったよね。
不自然に強ばった声、気遣うように傍を離れない身体。わかってはいるけど、それとこれとは話が別だ。
「おれはいかないよ。行くならおねーさん一人でどうぞ」
「それはできません。お水を汲みに行った時に少し辺りを見てきたのですが、ここ、かなり高い場所ですよね」
標高も高く樹木も入り交じってて、少し見回したくらいでは村や集落などは目に入らず孤立したかのような場所。そんなの当然だ。そういう場所を選んだんだから。
「ひとりじゃ迷子になりそうだから?」
「いいえ、ここに戻るまでとても時間が掛かってしまうからです」
「………何言ってんの?」
かつて聞いた事がないくらいおねーさんの声が低くて、沈んでいるかのようだ。
明らかに普段の様子とは違って、だからこそ本気で訴えているのが伝わってくる。
「一緒に来てください、」
「やだよ。おれは下りないよ。人がいる所なんて絶対行かない」
「ちびちゃん、おねがい」
「行かない、って言ってるでしょ…!」
他人と暮らすのが嫌で逃げ出したっていうのに、お願いされたところで頷けるはずがない。鬱陶しくなってきて強引におねーさんの腕を振り払った。距離を取ろうとして立ち上がった瞬間、急に目の前がぐらりと歪んだ。
ふらついたおれの身体はおねーさんが支えて、そのまま今度は正面から抱きしめられた。
「………何かあってからでは遅いんです。どうか、」
真正面から抱きしめられてるはずのなのに寒い感覚が消えないどころかいっそう増した。身体がぶるりと震える。もう一度振り払いたいのに、力が上手く入り切らない。それどころか今にも全身の力が抜けそうだ。こんな、こんなの……。
「………ほっといてよ、」
「いやです、」
「ばかじゃないの」
「ばかでいいです。ばかでもいいから…」
おねーさんの片手がおれの後ろ頭を撫でた。
どこまでも優しくて、おれに嫌な思いをさせたくて提案している訳では無いことは嫌という程伝わってくる。
「わたしのせいにしてください。もしここを降りた時に何か嫌なこと、こわいことに遭ってしまったら全部わたしのせいにして大丈夫ですから」
「……やだよ、……きらい…!」
「嫌いでもいいです。怒っても、叩いてもいいです」
違う、おねーさんが嫌いって言いたかった訳じゃなくて…。頭の奥がズキンと痛んで今は喋るのも難しい。
どうにも身体に力が入らない。根負けするようにおれはおねーさんの胸へ全体重を預けるしかなくなった。
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