17.目覚めた先へ
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想いは強かれど、足が重い。
今更だ。気にしてない。いつも通りでいい。
いまいち腑に落ちない助言達を胸に、玄関口で唸っているのは朱音だ。
普段は意識しない、鞄の取っ手をギウギウ握りしめながら、どう振舞おうか悩み初めて早5分。
家を出てものの数分で生徒達が通る道に出てしまう。下宿生の特権、学園へ超近い立地が裏目に出る日が来ようとは。
「置いてくぞ」
「や、や、待ってください兄上!」
そういえば転校初日にもこんなやり取りをした気がする。あの日は二学期初日。本日は三学期初日だ。
玄関を出ようとする兄の腕を掴んで足踏みをする妹。本気で狼狽しているのは先刻承知だが、これ以上待ったところで自力で結論には至るまい。そう確信して、無慈悲にも忠朝はドアを開けた。
「……そうだろうと思った」
「待って、もうちょっとだけ待ってください兄上!………え?」
扉を開けた先には見知った顔。
忠朝すらも予想出来た人物達が立っていた。
「おはようござる、朱音殿!」
「やっぱり冬休み中、ずっと悩んでたんでしょ。号泣JK」
扉を開ける前からごねる朱音の声が聞こえていたのだろう。面白がる類の表情を浮かべた幸村と佐助が迎えに来ていた。
「なんですか号泣JKって!わたしは、ずっとどう皆さんに顔を合わせようか、真剣に悩んでるのに!」
今にも泣きそうな顔で佐助に言い返した朱音は、学園祭の日を境に感情……幼さがより表に出やすくなったように思う。
それは信頼の置ける周囲の存在と、心の在り方を定めた結果なのだが、事情を知らぬ人間からしたらただの幼児退行に映ることだろう。
無言で歩き出した忠朝に気づいた朱音は慌てて後をついて行く。
「兄上、兄上!」
「まだ続くか、赤子モード」
「あ、赤子じゃないですっっ!」
覚えのありすぎる言葉に朱音……以上に佐助が反応し、口を手で覆い顔を真っ赤にして笑いを堪えている。
「あ〜、おもしろ」
「……泣いているよりはずっと良いが……まことに良いのであろうか、」
「いいんだよ。こういう平和なのが、」
こうなる事は十分予想出来、登校がてら様子を見に来ていた佐助と幸村も、兄妹と一緒に歩き出す。
引っ張られている訳ではないのにズルズルと進む朱音は狼狽える一方だ。
「あ、あ、もう生徒と会っちゃう…!」
「往生際悪いな、大丈夫だって。何か言われたら俺様たちもフォローするから」
「うむ、任されよ!」
「………、」
結局いつも二人や周りにいる人に助けられてばかりだ。誰かを助けたい一心で駆け回っていたというのに、こうなってしまうのは最早因果か………いや、やはりそれこそが人と関わるということなのだ。
あまり感傷に浸るとまた涙が出てしまいそうになる。涙ともずっとずっと長い付き合いだ。感情に寄り添った一番の相棒かもしれない。
別の人生の記憶を取り戻した。普通ならもっと落ち着いて、冷静な視点を持てるようになるはすが、朱音に至っては真逆に近い。
それにあの生死の際の感覚には、もっと価値観を蝕まれてもおかしくないはずなのだ。
おぞましい記憶が朧気で済むのは、あの豪炎をうち払った炎の風……その加護なのではないかと朱音は思う。
佐助にとって、有り得ない何かを捻じ曲げてでも会いに来たいつかの朱音が、同じように心理的守護をも務めたように。
考える事が多くて、ぐるぐる頭を回す朱音を見兼ねた佐助が朱音の手を握った。
つい先日もそうして、記憶の混乱から救い出してくれた。
「大丈夫だよ。皆いるから」
今から皆と顔を合わせるから困っているはずなのに、そんな適切な言葉を掛けられるのは今は佐助だけの特権だ。
感情が複雑に入り組むなか、その隣の幸村、そして兄の顔を見る。彼らもそれぞれに朱音のありのままを承知し、共に進もうとしてくれている事が伝わってくる。
「………はい。色んな方と話したい事、沢山あります」
「じゃあ、行こ」
「………で、でも、やっぱりちょっとだけ……かなり、恥ずかしいです…」
「だろうねぇ。だから傍にいるんじゃない」
「………ありがとう、さすけ」
もう一度灯された生命。
灯によって導かれた再会。
今度も悔いがないように、大切な人達と手を取り合って生きていく。
(灯に託した思い 終)