1.時期外れのはじまり
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「鍵は?」
「……、玄関に置き忘れた」
「もう…!取りに戻らないと、」
「お前が持ってるならいい」
「面倒くさがっていますね、兄上!」
凛と通る声が叱責するために張り上げられる。寝ぼけ頭には中々堪えるが、言い伏せる気力もわかず、無視するように背の高い男子学生は歩き出した。
「あ、あ、置いて行かないでください!」
「さっさと歩け」
「も〜っ!待ってください!」
「牛か」
「違います!」
朝から元気に騒ぎ立てる妹に付き合い切れないとばかりにあくび交じりに返す兄。これだけ騒がしい登校もそうそうないだろう。
9月から父が遠方へ出張となり、妻兼ビジネスパートナーである母はその付き添い。実家で一人になってしまう妹は、スポーツ特待生として遠方に下宿する兄の元へ引っ越し、同じ高校へ転入することになった。
高校2年であるこの時期に不相応に真新しい制服を翻して、体格差がある上に大股で歩く兄に小走りでついて行く。
「全く、こんな抜け抜けな性格で、いままでどうやってお一人で生活していたのやら、」
「うるさい。もう着く。着いたら……んと、…」
「まず職員室に行きます」
「俺もか?」
「いえ、兄上はそのまま教室でよかったと思います…って、全然覚えてませんね!」
「着いた」
「あにうえっ」
のらりくらりと杜撰な兄は、再び怒る妹の気配を察してか、途端に機敏な動きで昇降口へ駆けていった。さすがはスポーツ特待生。いや、剣道部であるから脚の速さはあまり関係ないかもしれないが。
事前に教師たちとの顔合わせはしたものの、一応は登校初日。置いてけぼりにされれば頬は膨らむというもの。
「…兄上の、おばか、おばか…!」
「――――――もしもーし、」
不意に肩を叩かれて振り向くと見知らぬ人物が軽い調子でひらひらと手を振っていた。肩を叩いた男子生徒と後ろにもう一人、どこか緊張した面持ちの男子生徒が佇んでいる。
「おはよ、そしてきっと初めまして。君がウワサの忠朝サンの妹ちゃんじゃない?」
「…はい、そうですが、」
兄の名が出て頷くと話し掛けてきた彼はにっこりと笑った。
「……やっぱりね。待ってたよ」
「え…?」
笑顔を浮かべたままではあるが、どこか真剣な雰囲気の彼に困惑する。するとそれまで黙っていたもう一人の男子生徒が声をあげた。
「佐助、困らせてはならぬ!」
「ハイハイ、じゃあまずは自己紹介からだね。俺様は猿飛佐助っていいます。3年生だよ」
「某は2年の真田幸村と申しまする、お久しゅうござる!」
「はじめまして、2年に転入する朱音です。その、おふた方とは初対面だと思うのですが…、」
久しいと言った幸村の言葉に朱音は首を傾げ、それを見かねた佐助が苦笑いを浮かべる。
「ホラな、旦那。やっぱり覚えてもらえてなかったじゃん」
「む、むむ…!」
まだひりつく陽射しの季節。青々とした木の葉がそよ風に乗って流れていく。
約束は果たされ、長く待ち望んだ新しい日々が始まる。