コーヒーが冷めないうちに

私は井上節子いのうえせつこ、元AI工学研究の第一人者で■■工科大学の卒業生の早い話リケジョよ。

多分テレビとかで見た事あるんじゃない?ほら、「世界初AIに■■やらせた人」って感じで………知らない?
あぁ、多分それ「あいつ女性じゃなくて男性だし名前も違うだろ?」って思ってる?気持ちは分かるよ。
でもあのAIを作ったのは私なの、この話は墓場まで持って行くつもりだったけどもう墓場だし冥途のみあげとして話してあげるわ。

………
……


私は幼少期から発明家の父と教育者の母に厳しく育てられたの。
当然習い事も沢山やったわ…ピアノ・習字・水泳・華道・茶道おまけに弓道、自分の時間なんてありゃしなかった。
その癖父は仕事と言って家には帰ってこないし母は外面だけ良くて実態は体罰暴言に始まる人間の憎悪の塊の様な人で本当に嫌い、大っ嫌いだった。
でも両親譲りの整った顔つきのおかげで文武両道才色兼備の可憐なレディになれたのは認めるわ、ただ学校ではそのスペックの高さ故私を良く思わない人も多くてチヤホヤってよりは私の身体・金・能力目当ての奴しか来なかったわ。
だから私は幼少期から決めてたの、「将来は自分が最大まで楽して生きる」ってね。

分かりやすく言えば働かざる者が食ってベッドの上から一歩も動かないでも金が入って来る、そんな生活を願ったのよね。
だから私はその未来を確実な物にする為に行動を起こした…
まず中学・高校時代に出来るだけ先の範囲までを勉強して頭に叩き込んだ、それが終わった後英語を学び海外に飛ぶ為にバイトを始めた。
私地頭は良いから高校卒業までには大学3年の範囲まで覚えて理解出来たわね、そして親に知られない様にひっそり海外に飛んでそこで電子工学専攻の大学を探してそこに入った。
ぼちぼちの英語スキルで日常会話は全然出来たしスラング系統も数日で覚えていったわ。
それで大学に入って真っ先に飛び級をしようと校長に直談判をして自分の置かれた状況やその他色々を話したら私の熱意に負けて飛び級試験をしてくれるように話を付けてくれた。
そして私は予定通り最速で卒業資格を手に入れてそれ以降は学校の近くにある電子工学用の実験室みたいな所に籠ってひたすらにAIの研究を始めた。

ここで私が作ろうとしてたAIの話をする前に今までの流れをまとめると………
1:幼少期に両親や学校に対して負の感情を抱いた。
2:これに反発して私は一生楽して生きる事を決意した。
3:その為にまず海外の学校でAIの研究を始めた。
こんな所ね、何故AIの研究を始めたか…これを今から説明するわね。

まず当初の目標は「楽して生きる事」言い換えれば「私がすべき事を何か別な物に任せられる様にする」って事ね。
だから私は「人間の生活すべてをAIに管理させる研究」を始めたの、だって考えてみてよ?
この世界にはありとあらゆる電化製品があり今はアナログな物でもやろうと思えばデジタルに変えられる、つまりその全てをAIによる機械制御に出来たら我々人間が働く必要は無くなる。
毎朝満員電車に揺られ朝から晩までデスクワーク、その間歳だけ一丁前のサルの威嚇と楽しくもない社交辞令の戦場…そして例により満員電車に揺られて家に帰って寝るだけの日々をする必要もなくなるの。
料理も洗濯も掃除も買い出しも仕事も娯楽も繁殖もこの世の神羅万象全てをAIに一任して人間はもはや家でゴロゴロする程度しかする事が無い、これこそが我々人類が真に「楽をする」と言える境地だと思うのよ。
私はその世界を目指してその為に苦しい幼少期を生き抜いて来た!そして今私は過去を救う為・苦しむだけの未来を変える為に行動を起こした!

………

あれから数十年の月日が流れ、私はあの学校を卒業しそれと同時に共同研究者であって恩師でもあるあの学校の教師の一人ウェインズ・サルコフ氏と作り上げた我々人間の生活を変えるAIを世界に発表する事にした。
正式名称をは「National・Alternative・Immortal・Laborer」通称「NAIL」と呼ぶ事にした、この名前は奇妙な事にサルコフの娘であるリアン・サルコフの名前を逆さまにしたものになっていたのよね。
まぁ、それはどうでも良いとして…私とサルコフはこのAIを世に発信する為の論文等を準備して予定日を決めた。
当時の私はこれでやっと私の苦労が報われる…そう思ってたのよね。

そして当日、待ち合わせの場所にサルコフは現れず私が気づいた時には既にサルコフがこのAIを作ったと全世界に知れ渡ってしまっていた。
サルコフは私の名を一切出さず全て自分一人で作ったとしそれ以来AI研究の第一人者として名を馳せる事になった…本当なら私もそこに居る筈だったのに…
私は彼に詰め寄ったが彼曰く最初から私の研究が目当てであり奪う気だったそうだ、私はそいつの事が許せなかった…だから私はあの「コード」を実行する事に決めた。
だがそれは今じゃない…もっとこいつに相応しい場がある、だからその場では私は手を引いた…
幸いあれ以降特に音沙汰は無く存在を消そうとしてくる事も無かったから私は一度日本に帰って実家の様子を見に行く事にした。

久々に実家に帰ると両親は引越していて空き家だけが残っていた為私はその家を契約して海外に行っていた時の色々の稼ぎでしばらくは隠居生活を送る事にしたのよ。
たまにテレビを見てはあいつの活躍が目に入りそっとテレビを消して横になる………こんな生活を数十年も続けて身体はすっかり肥えて丸くなってしまったのよ。
今は大分ダイエットも進んだけど結局体調を悪くしてそのまま…ってこれはまだ先の話ね。
ともかく、ある日私はいつもの様にテレビを付けたら近々あいつが私の研究を元に新しいサービスを提供すると言い出したのよ。
ただでさえあのAIは高性能だってのに私が作ろうとしてた本当の意味での「楽が出来る」様になったみたいね、実際彼の技術力は高く評価してるわ。
でも残念な事にそれが彼の最期の日だったのよね………

私、このAIを作る時にどうしても不安だった事があるの。
それはAIの反逆…よくSF映画である人類が地球のゴミ判定を食らって殺されるそう言う奴ね、あれがいつか起きかねないと私は思っていた。
だからAIの意思とは別に強制的に完全に停止させるコードを入れておいたの、パスワードは「今までありがとうございました」由来はきっと今後数千年は起動し続けて人類の介抱を続ける事になるだろうからその労いの意を込めて最期を迎えて欲しいって言う私なりの別れの言葉のつもりだったわ。
そしてこれはこのAIが関係してる端末全てに反応する様になっていてもしコードが認証されると数秒後に関連端末が大爆発を起こす様に設定されてるわ。
………つまり、私は学生時代のパソコンを開いてNAILの管理画面にアクセスしてデリートプログラムを起動した。
そしてあいつが全世界の注目を浴びてる所で言ってやったのよ!「今までありがとうございました」ってね!



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節子「その直後、爆発音と共に中継は途切れ数日後には■■全土で大規模な爆破テロがあったと報道されたわ。」

節子「正しくは私がNAIL使用の端末を全て爆破しただけ、仮にこれがAIの侵略なら建物の一つ二つ吹っ飛んでも変わらないから良いと思ってたのだけれど…こんな事になるなんてねぇ…」

節子「でも、死ぬ前に復讐も果たせて良かったわ………所でマスター?」

マスター「なんでしょうか?」

節子「私、最初は楽をしたいが為にこんな事をしたのよね。」

節子「それで最終的に形は違うけど事実何もする事無く家でゴロゴロは出来てある種目標達成とも言えるのよね。」

節子「でも私思ったの、私は目標を達成して家でゴロゴロしてた時間より自分の未来の為に全力で研究開発に勤しんでいた時の方が楽しくて・幸せで・満ち足りた気分だったの…」

節子「私は…そんな事に気付く事無く人生の時間全てを堕落した未来の為に使ってその結果何一つとして成果を得られなかった…」

節子「でもそれでも良いの、私が歩んだ人生は『きっと無駄じゃないけど無駄な人生だった』私が実現できなかった人類が真の意味で楽でいられる世界を実現する為の糧としてきっと役に立つと信じてるわ。」

節子「………さてと、長話が過ぎたわね…それじゃあ私は死後の世界を謳歌してくるわ!」

節子「やっと楽になれたんだから…ね…」

そう言うとさっきまで居たカウンター席から女は消えた、跡には空っぽになったコーヒーカップと『きっと無駄じゃない無駄な人生』と書かれた本が落ちていた。

マスター「………ご来店、ありがとうございました。」

マスターはそう言って空のカップと本を回収して店仕舞いの用意をした。
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