2.噂
名前変換フォーム
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「不死身…ですか?」
ナマエはパンを齧るのを止め、目の前の三歳年上の先輩の言葉を繰り返した。
「そ、噂話だけどね。目撃談によるとどれだけ大怪我してもすぐに治るらしいよ」
同じく遅い昼食をデスクで摂りながら、先輩は事も無げに言った。
出社から途切れなく仕事に追われ、一般的には午後のティータイムを楽しむ時間になって、二人はやっと昼食にありついていた。といっても特別遅くなったわけではなく、慢性的な人手不足のこの職場においてはいつものことだ。むしろ短時間でも邪魔されず食事に集中できるだけ、ましな方だった。
「何?やっぱミョウジちゃんもヒーローに興味ある?」
先輩の目に危険な光が宿ったのを見て、慌ててパンを飲み込み首を振る。
歓迎会でイケメン仮面アマイマスクの素晴らしさを懇々と語った先輩は、先日デビューしたばかりのサイボーグヒーローに鞍替えしたようで、隙あらば布教活動をしかけてくる。グッズ展開がされないのが悩みの種らしい。
ナマエは疎かったが、ヒーローをただ応援するだけでなく、アイドル視して私財を注ぎ込むいわゆるガチ勢というのは、けっこうな数存在するようだった。中には怪人駆除の現場に逐一おっかけをする強者もいるらしい。
「いやっちょっと小耳に挟んで、どんなヒーローなのかなと思っただけで…」
「なーんだ、初手がゾンビマン推しとか素質あると思ったのに」
苦しい言い訳だったが大して追求もされず、休憩を終えて残りの仕事に取りかかる。
ナマエはこっそり安堵の息をついた。
衝撃的な出会いを果たした隣人は、後日洗濯した衣服と一緒に、お詫びの品として何故かたこ焼きを携えて訪れた。
そして、これまで全く姿を見かけなかったのが嘘のように、時折顔を合わせるようになり、そのたび言葉を交わしている。
心細い環境でヒーローの知り合いができたことは良かったが、正直これは予想外の展開だった。
今までのことを不思議に思ってきいてみると、やはり誰にも会わないよう注意して生活していたらしい。職業上の理由だろうか。自分とはこうして話をしていいのかと思ったが、もう姿を見られているし変に避けるのも水くさいからということだった。案外その辺アバウトらしい。
親しくなってみると、口数こそ少なかったが、ゾンビマンは最初に感じていた通り人当たりの良い人物だった。ナマエが何故こんなところに住むことになったのか、拙い身の上話を親身になって聴き、酷い会社だな、と憤ったり、早く引っ越せ若い娘が住むところじゃない、と心配したりした。なんかお父さんみたいだな、とちょっと思ったがそれは言わないでおいた。若く見えるがもしかしたらけっこう年上なのかもしれない。
逆にゾンビマンがなぜここに住んでいるのかという事情も知ることになった。
プロヒーローは一般的にフリーターと同一視されがちだが、上位になるとかなり収入が良いと聞いたことがある。S級というと確か最高位ランクのはずだ。それが人目を避けるように、過疎地帯に住んでいるのは違和感があった。
金銭絡みの話題なので聞いていいのか迷ったが、特に気を悪くした様子もなく彼が語ったところによると、先日のように怪人との激しい闘いで服が破損したり返り血を浴びたりすることがよくあるらしい。そしてその姿を衆目に晒すのは気が引けるため、あえて人が寄り付かない場所を住処に選んだとのことだった。世のため怪人と闘っているのに、何だか不憫な話だ。
とはいえ、本人はそれなりにこの場所を気に入っているらしく、とにかく家賃が安いし静かなのはいいな、と笑っていた。
そんな調子で『お隣さん』としてのゾンビマンは、ナマエにとって近しい存在となっていたわけだが、実際のヒーローとしての顔は、雑談のついでに本人から断片的に聞くだけでいまだよく知らないままだった。
ネットで検索してみると、先日程は酷くないがボロボロになった姿で、怪人駆除後のインタビューを受けているニュース記事がいくつか出てきたが、ナマエも名前を知っているイケメンアイドルヒーローや『地上最強の男』などに比べると、大部分は謎に包まれているようだった。あまり表舞台に出ないというのは本当らしい。
詮索するのも悪い気がしたが、普段の穏やかさと怪人を相手に闘う危険な職業とがどうしても結び付かず、そう言えば身近にヒーローに詳しい人間が居たことを思い出して、休憩の合間に軽い気持ちで聞いてみたのだった。
(不死身かあ…)
またしても遅い時間に帰路につきながら、ナマエは昼間の会話を思い出していた。
確かに今考えてみると、最初に会った時、服が全部燃やされる程の目にあったにしてはどこも火傷した様子はなかった。でもそんなこと本当にあるんだろうか。
(全身サイボーグだったり、中には超能力を使うヒーローもいるらしいから、どんなことがあってもおかしくないとは思うけど…)
考えこみながら自室の扉の鍵を開けようとしたところで、ガチャリと隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。
顔を向けると、ちょうどゾンビマンが部屋から出てくるところだった。
「あっこんばんは」
「おう、今帰りか」
夜間の外出とあってヒーロー活動に行くのかと思ったが、よく見ると彼は部屋着だった。煙草が切れたのでコンビニに行くらしい。
そういえば、このところゾンビマンの顔を見ていなかったことをナマエは思い出した。
「なんだか久しぶりですね。お仕事だったんですか?」
「ああ、最近立て続けに出動要請が入って家帰ってなかったからな…昼過ぎに帰ってきて、寝て起きたらもうこんな時間になっちまった」
顔色が悪いのはいつものことだったが、確かにどことなく表情に疲れが滲んでいる。
「大変ですねぇ…」
「お前も毎日遅いだろ。体壊すなよ」
そう言ってナマエを気遣う姿はやはりただの『優しいお隣さん』にしか見えず、物騒な気配は微塵もない。
そのせいか、ナマエはつい気になっていたことを口に出してしまった。
「あの」
「ん?」
「会社にヒーローに詳しい先輩がいて…その、ゾンビマンさんは不死身だって聞いたんですけど…」
その瞬間、ゾンビマンの表情が僅かに強張り、ナマエは慌てて口を紡いだ。
やっぱり聞くんじゃなかった、と後悔が押し寄せる。
「すみません、変なこと聞いて」
「いや、気にするな」
表面上取り繕ってはいたが、聞かれたくない話題であることは明らかだった。
静まり返った外廊下に気まずい沈黙が落ちる。
ナマエが内心冷や汗をかいていると、ゾンビマンが静かに口を開いた。
「…不死身ってのは本当の話だ」
ナマエがそっと盗み見ると、ゾンビマンの表情からは既に先ほどの動揺は消えていた。しかしその一方で、アパート前の景色を見るともなしに見ている横顔には、どこか諦念のようなものが漂っており、何故か妙に気にかかった。思わず見入っていると、ゾンビマンはやがてとりなすように表情を緩めた。
「だが見ていて気持ちの良いもんじゃないからな。あまり人には見せたくないんだ」
「いえ、ちょっと気になっただけなんです。ごめんなさい」
「いやいいんだ。まあ確かにそんな話聞かされたら気になるよな」
そのまま話はお終いになったが、部屋の中に入ってからも、ナマエは小さなとげが刺さったままのような気持ちでいた。
先ほどの横顔を思い出す。
とにかく触れられたくないことなら、今後は決して聞かないようにしよう。
そう決心したが、程なくしてナマエはゾンビマンの不死性を目の当たりにすることになった。
ナマエはパンを齧るのを止め、目の前の三歳年上の先輩の言葉を繰り返した。
「そ、噂話だけどね。目撃談によるとどれだけ大怪我してもすぐに治るらしいよ」
同じく遅い昼食をデスクで摂りながら、先輩は事も無げに言った。
出社から途切れなく仕事に追われ、一般的には午後のティータイムを楽しむ時間になって、二人はやっと昼食にありついていた。といっても特別遅くなったわけではなく、慢性的な人手不足のこの職場においてはいつものことだ。むしろ短時間でも邪魔されず食事に集中できるだけ、ましな方だった。
「何?やっぱミョウジちゃんもヒーローに興味ある?」
先輩の目に危険な光が宿ったのを見て、慌ててパンを飲み込み首を振る。
歓迎会でイケメン仮面アマイマスクの素晴らしさを懇々と語った先輩は、先日デビューしたばかりのサイボーグヒーローに鞍替えしたようで、隙あらば布教活動をしかけてくる。グッズ展開がされないのが悩みの種らしい。
ナマエは疎かったが、ヒーローをただ応援するだけでなく、アイドル視して私財を注ぎ込むいわゆるガチ勢というのは、けっこうな数存在するようだった。中には怪人駆除の現場に逐一おっかけをする強者もいるらしい。
「いやっちょっと小耳に挟んで、どんなヒーローなのかなと思っただけで…」
「なーんだ、初手がゾンビマン推しとか素質あると思ったのに」
苦しい言い訳だったが大して追求もされず、休憩を終えて残りの仕事に取りかかる。
ナマエはこっそり安堵の息をついた。
衝撃的な出会いを果たした隣人は、後日洗濯した衣服と一緒に、お詫びの品として何故かたこ焼きを携えて訪れた。
そして、これまで全く姿を見かけなかったのが嘘のように、時折顔を合わせるようになり、そのたび言葉を交わしている。
心細い環境でヒーローの知り合いができたことは良かったが、正直これは予想外の展開だった。
今までのことを不思議に思ってきいてみると、やはり誰にも会わないよう注意して生活していたらしい。職業上の理由だろうか。自分とはこうして話をしていいのかと思ったが、もう姿を見られているし変に避けるのも水くさいからということだった。案外その辺アバウトらしい。
親しくなってみると、口数こそ少なかったが、ゾンビマンは最初に感じていた通り人当たりの良い人物だった。ナマエが何故こんなところに住むことになったのか、拙い身の上話を親身になって聴き、酷い会社だな、と憤ったり、早く引っ越せ若い娘が住むところじゃない、と心配したりした。なんかお父さんみたいだな、とちょっと思ったがそれは言わないでおいた。若く見えるがもしかしたらけっこう年上なのかもしれない。
逆にゾンビマンがなぜここに住んでいるのかという事情も知ることになった。
プロヒーローは一般的にフリーターと同一視されがちだが、上位になるとかなり収入が良いと聞いたことがある。S級というと確か最高位ランクのはずだ。それが人目を避けるように、過疎地帯に住んでいるのは違和感があった。
金銭絡みの話題なので聞いていいのか迷ったが、特に気を悪くした様子もなく彼が語ったところによると、先日のように怪人との激しい闘いで服が破損したり返り血を浴びたりすることがよくあるらしい。そしてその姿を衆目に晒すのは気が引けるため、あえて人が寄り付かない場所を住処に選んだとのことだった。世のため怪人と闘っているのに、何だか不憫な話だ。
とはいえ、本人はそれなりにこの場所を気に入っているらしく、とにかく家賃が安いし静かなのはいいな、と笑っていた。
そんな調子で『お隣さん』としてのゾンビマンは、ナマエにとって近しい存在となっていたわけだが、実際のヒーローとしての顔は、雑談のついでに本人から断片的に聞くだけでいまだよく知らないままだった。
ネットで検索してみると、先日程は酷くないがボロボロになった姿で、怪人駆除後のインタビューを受けているニュース記事がいくつか出てきたが、ナマエも名前を知っているイケメンアイドルヒーローや『地上最強の男』などに比べると、大部分は謎に包まれているようだった。あまり表舞台に出ないというのは本当らしい。
詮索するのも悪い気がしたが、普段の穏やかさと怪人を相手に闘う危険な職業とがどうしても結び付かず、そう言えば身近にヒーローに詳しい人間が居たことを思い出して、休憩の合間に軽い気持ちで聞いてみたのだった。
(不死身かあ…)
またしても遅い時間に帰路につきながら、ナマエは昼間の会話を思い出していた。
確かに今考えてみると、最初に会った時、服が全部燃やされる程の目にあったにしてはどこも火傷した様子はなかった。でもそんなこと本当にあるんだろうか。
(全身サイボーグだったり、中には超能力を使うヒーローもいるらしいから、どんなことがあってもおかしくないとは思うけど…)
考えこみながら自室の扉の鍵を開けようとしたところで、ガチャリと隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。
顔を向けると、ちょうどゾンビマンが部屋から出てくるところだった。
「あっこんばんは」
「おう、今帰りか」
夜間の外出とあってヒーロー活動に行くのかと思ったが、よく見ると彼は部屋着だった。煙草が切れたのでコンビニに行くらしい。
そういえば、このところゾンビマンの顔を見ていなかったことをナマエは思い出した。
「なんだか久しぶりですね。お仕事だったんですか?」
「ああ、最近立て続けに出動要請が入って家帰ってなかったからな…昼過ぎに帰ってきて、寝て起きたらもうこんな時間になっちまった」
顔色が悪いのはいつものことだったが、確かにどことなく表情に疲れが滲んでいる。
「大変ですねぇ…」
「お前も毎日遅いだろ。体壊すなよ」
そう言ってナマエを気遣う姿はやはりただの『優しいお隣さん』にしか見えず、物騒な気配は微塵もない。
そのせいか、ナマエはつい気になっていたことを口に出してしまった。
「あの」
「ん?」
「会社にヒーローに詳しい先輩がいて…その、ゾンビマンさんは不死身だって聞いたんですけど…」
その瞬間、ゾンビマンの表情が僅かに強張り、ナマエは慌てて口を紡いだ。
やっぱり聞くんじゃなかった、と後悔が押し寄せる。
「すみません、変なこと聞いて」
「いや、気にするな」
表面上取り繕ってはいたが、聞かれたくない話題であることは明らかだった。
静まり返った外廊下に気まずい沈黙が落ちる。
ナマエが内心冷や汗をかいていると、ゾンビマンが静かに口を開いた。
「…不死身ってのは本当の話だ」
ナマエがそっと盗み見ると、ゾンビマンの表情からは既に先ほどの動揺は消えていた。しかしその一方で、アパート前の景色を見るともなしに見ている横顔には、どこか諦念のようなものが漂っており、何故か妙に気にかかった。思わず見入っていると、ゾンビマンはやがてとりなすように表情を緩めた。
「だが見ていて気持ちの良いもんじゃないからな。あまり人には見せたくないんだ」
「いえ、ちょっと気になっただけなんです。ごめんなさい」
「いやいいんだ。まあ確かにそんな話聞かされたら気になるよな」
そのまま話はお終いになったが、部屋の中に入ってからも、ナマエは小さなとげが刺さったままのような気持ちでいた。
先ほどの横顔を思い出す。
とにかく触れられたくないことなら、今後は決して聞かないようにしよう。
そう決心したが、程なくしてナマエはゾンビマンの不死性を目の当たりにすることになった。