1.ファーストコンタクト
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「『S級ヒーロー8位…ゾンビマン』」
明るいところで改めて姿を見ると、全裸マン改めゾンビマンはまだ若い、整った顔立ちをした男の人だった。酷く顔色が悪いのが気になったが、スマホ画面に表示されたヒーロー協会公式ホームページのプロフィール写真も同じようだったので、どうやら元かららしい。
プロヒーローだというその人は、帰宅途中に怪人との戦闘で服が焼失し、おまけに家の鍵も無くして扉の前で途方にくれていたところ、隣人が帰ってきて身を隠す間もなくあのようなことに…という事情を訥々と話した。ちなみにさっきガタガタやっていたのは、服を着るためにナマエの部屋のベランダから自分の部屋のベランダに飛び移って窓から入ろうとしたらしい。身体能力すごい、と現実逃避気味に感心していたナマエは、慌てて目の前で繰り広げられる非日常に立ち返った。
服が全部燃えるって一体どんな目にあったんだろう。
というかヒーローって意外と普通のアパートとかに住んでるんだ。
短時間でいろんなことがありすぎて、目が廻りそうだった。
とりあえず、先走って通報しようとしたことを謝る。
「すみません、私ヒーローって詳しくなくって、てっきりへんた…変な人だと思って」
「いや、俺はあまり表舞台には出ないからな。知らなくても無理はない。それにあの状況じゃ誰だって勘違いするだろう」
濃い隅のせいで一見鋭く感じられる目元を緩めて、ゾンビマンは穏やかに笑った。物騒な響きの名前に似合わず物腰が優しい。
「気が動転していたとはいえ手荒な真似をしてしまった。弁解のしようもない。怖い思いをさせて申し訳なかった」
目の前で深々と頭を下げられてナマエは慌てた。せめてもの応急処置として腰にタオルだけ巻いてもらったが、ほぼ裸の成人男性が見慣れたリビングのフローリングに手をついて謝る光景は、なかなかシュールでいたたまれなかった。
「あの、顔を上げて下さい、もう誤解だったってわかりましたから」
「いや、本当にすまなかった。すぐに出て行くようにする」
そう言っておもむろに立ち上がり玄関へ向かおうとするので、ナマエはぎょっとした。
「えっ!?あの…」
「ん?…ああ、すまないがよければこのタオルはしばらく借りていてもいいか」
「そ、そうじゃなくって、今日の夜はどうするんですか?」
「そうだな…ベランダから入ることはできなかったし、管理会社ももう連絡がつかないだろう。朝まで外で時間を潰すか」
つい先ほど日付が変わったことを示す時計を見ながら事も無げに言われ、戸惑った。
日中蒸し暑くなってきたとはいえまだ夏本番ではなく、夜のうちは気温が下がる。タオル一丁は流石に風邪をひくのではないか。寒空の下膝を抱える姿を想像したナマエは、思わず声をかけていた。
「あの、良かったらうちに泊まって下さい」
ゾンビマンは足を止め、驚いたようにナマエの顔を見た。そのまま眉間に皺を寄せて、何やら思案しているようだった。赤い瞳にまじまじと見つめられ、落ち着かない気持ちになる。何か変なことを言っただろうか。
「…申し出は有り難いが、良いのか?」
「予備の布団はないですけど毛布くらいならあるので…」
「いや、そういうことじゃなくだな…」
「?」
ゾンビマンはしばらく何かいいあぐねていたが、観念したように大きく息をついた。
「…ならそうさせて貰えるか」
言い出したはいいものの、引っ越してからやっと荷解きが終わったような状況で、いろいろと準備不足感があった。
「すみませんそんな服しかなくって…」
タンスの奥から引っ張り出した自分には大き過ぎるお土産のTシャツ(胸に『冷奴 COOL GUY』と書かれている)と高校のジャージのズボンを身に付けたゾンビマンを見て、ナマエはとても申し訳無い気持ちになった。どちらも明らかにサイズが小さ過ぎる。
「いや、十分だ」
本人は気にした風もない。
さっきから思っていたけど、この人けっこういい人なんじゃないだろうか。
「狭いですけど、この辺に」
「ああ、ありがとう」
広めとはいえ単身者向けの間取りの為、客用の寝室もない。同じ部屋に寝るわけにも行かず、無理やりリビングの家具などをどけて就寝スペースをつくった。当然雑魚寝だ。せめてもの枕代わりにクッションを渡す。
毛布にくるまり窮屈そうに横になったのを見て、リビングの電気のスイッチを操作し豆電球だけにした。もう一度見ると、ゾンビマンはもう目を閉じてしまったようだった。戸惑いがちに声をかける。
「…お休みなさい」
「ああ、お休み」
静かな声で返される。自分も寝室へ向かおうとした時、後ろからやっと聞こえるか聞こえないかほどの小さな声が聞こえた。
「…いいもんだな、人に親切にしてもらうってのは」
恐らく独り言だろうそれは、夜の闇に溶けるようにすぐ消えてしまったが、やけにナマエの耳に残った。
冷たい布団に潜り込み、体が温度を取り戻すまでの間とりとめもなく考える。
(…ヒーローもいろいろ大変なのかな)
何だか疲れた様子だった。
自分が助ける立場だから、困ったことがあっても誰も助けてくれないのかもしれない。
(ヒーローじゃなくても皆そうなのかも…生きていくのって大変だな…)
自身の境遇が改めて身にしみたが、不思議といつものような弱気に襲われることはなく、ナマエは穏やかに眠りに落ちていった。
翌朝目覚めると、ゾンビマンは既に家を出た後のようだった。
昨夜のことは夢だったのかもしれないと錯覚しそうになるが、テーブルの上に男性にしては綺麗な字の書き置きがあるのを見つけた。
『世話になった。鍵は郵便受けにいれてある。
借りたものは洗って返す。
また改めて礼をさせてくれ。 ゾンビマン』
「…やっぱりあの人、悪い人じゃないみたい」
律儀に畳まれた毛布が朝日に照らされている。
これがナマエと隣人との奇妙な出会いだった。
明るいところで改めて姿を見ると、全裸マン改めゾンビマンはまだ若い、整った顔立ちをした男の人だった。酷く顔色が悪いのが気になったが、スマホ画面に表示されたヒーロー協会公式ホームページのプロフィール写真も同じようだったので、どうやら元かららしい。
プロヒーローだというその人は、帰宅途中に怪人との戦闘で服が焼失し、おまけに家の鍵も無くして扉の前で途方にくれていたところ、隣人が帰ってきて身を隠す間もなくあのようなことに…という事情を訥々と話した。ちなみにさっきガタガタやっていたのは、服を着るためにナマエの部屋のベランダから自分の部屋のベランダに飛び移って窓から入ろうとしたらしい。身体能力すごい、と現実逃避気味に感心していたナマエは、慌てて目の前で繰り広げられる非日常に立ち返った。
服が全部燃えるって一体どんな目にあったんだろう。
というかヒーローって意外と普通のアパートとかに住んでるんだ。
短時間でいろんなことがありすぎて、目が廻りそうだった。
とりあえず、先走って通報しようとしたことを謝る。
「すみません、私ヒーローって詳しくなくって、てっきりへんた…変な人だと思って」
「いや、俺はあまり表舞台には出ないからな。知らなくても無理はない。それにあの状況じゃ誰だって勘違いするだろう」
濃い隅のせいで一見鋭く感じられる目元を緩めて、ゾンビマンは穏やかに笑った。物騒な響きの名前に似合わず物腰が優しい。
「気が動転していたとはいえ手荒な真似をしてしまった。弁解のしようもない。怖い思いをさせて申し訳なかった」
目の前で深々と頭を下げられてナマエは慌てた。せめてもの応急処置として腰にタオルだけ巻いてもらったが、ほぼ裸の成人男性が見慣れたリビングのフローリングに手をついて謝る光景は、なかなかシュールでいたたまれなかった。
「あの、顔を上げて下さい、もう誤解だったってわかりましたから」
「いや、本当にすまなかった。すぐに出て行くようにする」
そう言っておもむろに立ち上がり玄関へ向かおうとするので、ナマエはぎょっとした。
「えっ!?あの…」
「ん?…ああ、すまないがよければこのタオルはしばらく借りていてもいいか」
「そ、そうじゃなくって、今日の夜はどうするんですか?」
「そうだな…ベランダから入ることはできなかったし、管理会社ももう連絡がつかないだろう。朝まで外で時間を潰すか」
つい先ほど日付が変わったことを示す時計を見ながら事も無げに言われ、戸惑った。
日中蒸し暑くなってきたとはいえまだ夏本番ではなく、夜のうちは気温が下がる。タオル一丁は流石に風邪をひくのではないか。寒空の下膝を抱える姿を想像したナマエは、思わず声をかけていた。
「あの、良かったらうちに泊まって下さい」
ゾンビマンは足を止め、驚いたようにナマエの顔を見た。そのまま眉間に皺を寄せて、何やら思案しているようだった。赤い瞳にまじまじと見つめられ、落ち着かない気持ちになる。何か変なことを言っただろうか。
「…申し出は有り難いが、良いのか?」
「予備の布団はないですけど毛布くらいならあるので…」
「いや、そういうことじゃなくだな…」
「?」
ゾンビマンはしばらく何かいいあぐねていたが、観念したように大きく息をついた。
「…ならそうさせて貰えるか」
言い出したはいいものの、引っ越してからやっと荷解きが終わったような状況で、いろいろと準備不足感があった。
「すみませんそんな服しかなくって…」
タンスの奥から引っ張り出した自分には大き過ぎるお土産のTシャツ(胸に『冷奴 COOL GUY』と書かれている)と高校のジャージのズボンを身に付けたゾンビマンを見て、ナマエはとても申し訳無い気持ちになった。どちらも明らかにサイズが小さ過ぎる。
「いや、十分だ」
本人は気にした風もない。
さっきから思っていたけど、この人けっこういい人なんじゃないだろうか。
「狭いですけど、この辺に」
「ああ、ありがとう」
広めとはいえ単身者向けの間取りの為、客用の寝室もない。同じ部屋に寝るわけにも行かず、無理やりリビングの家具などをどけて就寝スペースをつくった。当然雑魚寝だ。せめてもの枕代わりにクッションを渡す。
毛布にくるまり窮屈そうに横になったのを見て、リビングの電気のスイッチを操作し豆電球だけにした。もう一度見ると、ゾンビマンはもう目を閉じてしまったようだった。戸惑いがちに声をかける。
「…お休みなさい」
「ああ、お休み」
静かな声で返される。自分も寝室へ向かおうとした時、後ろからやっと聞こえるか聞こえないかほどの小さな声が聞こえた。
「…いいもんだな、人に親切にしてもらうってのは」
恐らく独り言だろうそれは、夜の闇に溶けるようにすぐ消えてしまったが、やけにナマエの耳に残った。
冷たい布団に潜り込み、体が温度を取り戻すまでの間とりとめもなく考える。
(…ヒーローもいろいろ大変なのかな)
何だか疲れた様子だった。
自分が助ける立場だから、困ったことがあっても誰も助けてくれないのかもしれない。
(ヒーローじゃなくても皆そうなのかも…生きていくのって大変だな…)
自身の境遇が改めて身にしみたが、不思議といつものような弱気に襲われることはなく、ナマエは穏やかに眠りに落ちていった。
翌朝目覚めると、ゾンビマンは既に家を出た後のようだった。
昨夜のことは夢だったのかもしれないと錯覚しそうになるが、テーブルの上に男性にしては綺麗な字の書き置きがあるのを見つけた。
『世話になった。鍵は郵便受けにいれてある。
借りたものは洗って返す。
また改めて礼をさせてくれ。 ゾンビマン』
「…やっぱりあの人、悪い人じゃないみたい」
律儀に畳まれた毛布が朝日に照らされている。
これがナマエと隣人との奇妙な出会いだった。