あなたをもっと知りたくて
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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もう日付も変わる頃、『月刊 超大陸』の編集部には明かりが付いていた。
ふう、と息をついて、ナマエは椅子の背に体を預けた。
液晶画面とにらめっこしていた目の奥が重い。
「ああ〜帰ってお風呂入りたい…」
無人のオフィスに虚しく独り言が響く。
しかし、それが無理な望みであることはナマエ自身わかっている。
何せ大任だ。翌月号の巻頭特集に間に合わせる為、イアイアンへのインタビューの事前準備を急ピッチで行わなければならない。
かのA級ヒーローへの交渉がうまくいったことは、ナマエにとっても思いがけないことだったが、それ以上に周囲の人間にとっても意外なことだったらしい。
一部ヒーローとマスコミの折合いの悪さは業界内でも周知のことで、最近はメディアに出るヒーローも固定化されており、こういったケースは珍しいという。
なんとしても成功させたい。
下手は打ちたくない。
にも関わらず、話を取ってきた本人も何故承諾が得られたのかわからないと言っている。
その為、全面的に協力はするものの、インタビュアーは勿論のこと、窓口対応はナマエが行った方が良いだろうということになり、これまで担当していた部門の業務のかたわら、こうして居残りをしているのだった。
(皆喜んでくれたのは嬉しいけど…ちょっと急過ぎるのよね)
何も翌月号にしなくても、と編集長にはかけあったものの、「イヤ鉄は熱いうちに打てというだろ!」とよくわからない理由で丸め込まれた。
またイアイアンの気が変わったらと危惧しているのかもしれない。
とにかく良い記事にできるよう、やれるだけのことはやらなければ。
よし、と気合いを入れ直し、再び企画書の作成に取り掛かる。
一番重要なインタビュー内容を詰めていく。
今まで取材したことがあるタレントや歌手は、人に見られる立場だからか皆手馴れたもので、スムーズに事を進められた。
しかし、本格的な取材は初めてらしいイアイアンには、アプローチの仕方を考える必要があるだろう。
ヒーロー部門担当の先輩に参考資料としてもらった、彼の数少ないテレビ出演動画や雑誌記事を見ていく。
ごく初期の頃にはバラエティ番組などにも出ていたらしい。興味が湧いて動画を再生してみた。
「あはは、ちょっと機嫌悪そう」
料理番組にゲストとして呼ばれ、居合斬りで野菜を飾り切りさせられている映像を見て、ナマエは苦笑した。
心持ちムスッとした表情からは、「何故こんなことをしなければならないんだ」という内なる声が聞こえてきそうだった。
元は西洋剣術を学んでおり、他流試合で現在の師に会い、流派を変えて弟子入りしたのだという。
そこまで惚れ込んだ剣の技を、見世物のように扱われるのはさぞ不本意だろう。
(でも、プロヒーローって多かれ少なかれ人気商売よね…そこはどう思ってるんだろう?)
考えながら過去の雑誌に目を通していたナマエは、ある記事に目を留めた。
「あ、これ…」
過激なスクープ等を主に扱うゴシップ誌だった。
『人気ヒーロー 熱愛発覚か』と見出しされたページには、イアイアンと制服姿の女子学生が寄り添っている姿の写真が載っている。
しかしよく見ると女子学生は俯いて泣いているようだし、周りの状況も怪人が暴れた跡がみえる。
被害に遭った市民を落ち着かせているというのが本当のところだろう。
「先輩が言ってたスキャンダルの飛ばし記事ってコレのことかな?」
えらく信憑性の薄い記事だけど、と気になったナマエはネットで検索してみた。
よく探ってみると、それらしいまとめ記事が出てきた。
検索順位の低さからも、もうとっくに風化している事が窺えたが、中身を読み進める内にナマエは思わず眉を顰めていた。
「うわ……」
それによると、当時はヒーローブームの真っ只中だったからか、あんな記事でもけっこう騒がれたらしい。
更に悪いことに、モザイクが不十分だった為、女子学生の制服の特徴から学校が特定され、面白がって迷惑行為をするような輩までいたという。
根も葉も無いデマで未成年の市民にまで被害が及んだとあっては、マスコミ嫌いになるのも無理はないかもしれない。
改めて何故承諾を貰えたのか、謎は深まるばかりだった。
「それじゃぁ、プライベートの事はあんまり突っ込まない方が良いかな」
当時のことを思い出すのは気分が悪いだろうし、もしも今特別な相手が居るなら、そっとしておいて欲しいだろう。
質問内容を纏めようとしたところで、ナマエはふと考え込んだ。
(…やっぱり恋人いるのかな)
休みがなく、また危険な職業だからか、ナマエの周りでは『プロヒーローの彼氏はイヤ』という声をよく聞く。
でもかっこいいし、真面目でいい人っぽいし。
それでも良いと言う相手がいてもおかしくない。
なんとなくがっかりした気持ちになる。
(パッと見目つき怖いのに、笑ったら可愛いんだもん…)
卑怯だわ、と熱を帯びた頬を手の甲で冷やす。
仕事ばかりで潤いの無い毎日を送っているせいか、変に意識してしまっている。
(いやいや何考えてんの、そういう浮ついたのはナシだってば)
リラックスした状態でインタビューに臨んでもらうためにも、信頼関係の構築が大切だ。
過去の嫌な出来事を想起させるようなことは厳禁。
雑念よ去れ、と念じながら、ナマエは業務の続きに取り掛かった。
「巻頭グラビアか…確かに話が大事になってるな」
アトミック流剣術道場の居室にて、イアイアンは自身が受ける予定のインタビュー企画書を見ながら唸った。
先日聞いた内容と大まかな方向性は変わらないが、ページ数の増量、更に写真撮影有り、と微妙にグレードアップしている。
正直言って、写真は苦手だ。
特に大多数の人間に見られるとなると、どんな顔をして良いかわからない。
協会内で作成している広報誌で撮った時も、つい表情筋に力が入ってしまい、それを見た師匠に「お前この時腹でも痛かったのか?」と聞かれる始末だった。
ひどく慌てた様子だったナマエからの連絡を思い出す。
『ほんっとうに申し訳ありません!
いろいろ話が変わっちゃいまして…せっかくのインタビューなので、内容が豪華な方がイアイアンさんにとってもファンの方にとっても良いことだとは思うんですよね。
あっイアイアンさんの意向を無視するとかじゃなくて、嫌だったら嫌って言って下さいね!』
今ならギリ間に合いますから、今なら、と何やら切羽詰まった様子だったが、スケジュールから見ても自分がゴネるとかなり迷惑をかけるだろうことは予想できた。
恐らく彼女も上からの指示だろうから、変に話をかき回したくはない。
しかし写真はちょっと。
何か良い妥協案はあるだろうか。
頭をかこうとしたところで、その左手がもう無いことに今更のように気づいた。
こういう細かい日常動作で未だ違和感があるな、と結ばれた左袖に目を向けていると、不意に後ろから人の気配がした。
「へえ〜、これが今度のインタビューの内容?」
反応するより早く、するりと忍び寄った気配の主は、右の肩ごしにイアイアンの手元を覗き込んだ。
「…カマ、近いぞ」
さりげなく書類を折り畳みつつ、興味しんしんな様子の兄弟子から距離をとる。
オカマイタチはつまらなそうに唇を尖らせた。
「アラ、隠すことないじゃないのよ」
「妙な詮索はよせ」
冷たく突き放すと、オカマイタチは心外だという顔をした。
「詮索だなんて、人聞き悪いわねー!
あたしはみんなが気になってしょうがないことを、親切心で調査しにきてあげてるだけよ。
アトミック師匠だってソワソワしてるくせに、自分ではなーんにも言わないんだから」
尊敬して止まない師の名前を出され、イアイアンは口をつぐんだ。
雑誌のインタビューを受けることになった、と報告した時は、「修行に支障が出ねえようにしろよ」と気のない返事をしたアトミック侍だったが、その後雑誌社からの連絡があった時などに、それとなく聞き耳を立てていることには気づいていた。
師匠だけではない。
今まで外部のマスコミ対応を拒み続けてきたイアイアンの方針転換は、同門の仲間達にとっても寝耳に水だったらしく、皆オカマイタチのように面と向かって尋ねては来ないものの、最近の道場内の空気はどこか落ち着かない。
一番弟子である自分が風紀を乱す要因になっていることに、イアイアン自身も居心地が悪かった。
師匠にだけ報告して他の者には伏せておけば良かったと後悔しつつ、イアイアンは言葉を選んで口を開いた。
「別に、普通のよくあるインタビューだよ。
変な雑誌じゃないし、向こうの担当者が信用できそうだったから引き受けたまでのことだ」
オカマイタチはその言葉を聞くと、何やら意味ありげな笑みを浮かべた。
嫌な予感がする。
視線を逸らしたイアイアンに、オカマイタチはずいと顔を近づけた。
「ふぅ~ん…イアイったら、なんだか随分その雑誌記者さんのこと買ってるのねえ」
丸くチークを入れた頬が今にも触れんばかりに接近する。
「そのヒトって男?それとも女?」
本心を見極めんとして、オカマイタチは目を皿のように見開いて横顔を凝視してくる。
圧に耐えきれず、イアイアンは勢いよく立ち上がった。
「どっちでもいいだろ」
「あん、もう何よぉ!」
弾みでよろめいたオカマイタチが後ろで文句を言うのが聞こえたが、イアイアンは先日新調したばかりの刀を手に、振り切るように部屋を後にした。
屋内の練習場には何名か人の気配があったが、一人になりたくて外へ向かう。
よく晴れて少し風のある、気持ちのいい天気だ。
山麓にある道場を囲む雑木林が、さわさわとそよいでいる。
イアイアンは鞘を腰に装着し、刀の柄を握り締めた。
隻腕用に改良を加えたが、使用感は極力変えないようにしてある。
慣れ親しんだ感触に、徐々に精神が凪いでいった。
瞳を閉じ、ざわ、と一際強い風が駆け抜けるのを肌で感じる。
研ぎ澄まされた感覚が僅かな空気の流れを捕らえた瞬間、イアイアンは目を見開いた。
同時に刀を引き抜き、宙を舞う葉を真っ二つに両断した。
続けざまに、舞い落ちる何枚もの葉に、葉脈を正解に狙って、次々と太刀を浴びせていく。
(俺は、そんなにらしくないことをしているだろうか?)
ウォーミングアップの傍ら自問自答を繰り返す。
確かに今まで、意固地なまでにマスコミ対応を拒み続けてきた。
自身の知らないところで勝手に噂が広まり、一人歩きをし、罪もない市民を傷付けてしまった時、初めてプロヒーローという立場に煩わしさを感じた。
ヒーローの本分は人々を守ることのはずだ。
人気取りなど二の次で良い。
一度こうと決めたら頑なになる自分の性格はよくわかっている。
俺はめんどくせぇから断ってるだけであって、お前もカマみたいに受けたい取材があるなら受けて良いんだぞ、と師匠にもたしなめられたが、考えを曲げる気にはなれなかった。
広報部から連絡を受け、どうしてもという取材の申込みがあると聞いた時には、何か特別な事情があるのかと思った。
アトミック一門の中では唯一取材対応をしているオカマイタチに尋ねてみると、特にトラブルは聞いたことがない出版社だというので、実際会ってみることにした。
話を聞いてみれば何のことはない、ごく普通の依頼で、怪しいところは無いが別段心も動かされない。
いつも通り断ろうと思っていたのだが。
(ヒーローの役割、か)
彼女の話を聞く以前から、心にひっかかっていたことだ。
君たち一門は何か勘違いしているんじゃないか、と秀麗な顔立ちを顰めて言われたのは、確か協会へ一人所用で赴いた時だった。
たまたま同じエレベーターに乗り合わせたアマイマスクは、溜め込んだ不満を吐き出すようにくどくどと説教をした。
曰く、ヒーローはただ闘えば良いというものではない。そこにいることで人々に希望を与える存在でなくてはならない。パブリックイメージをコントロールすることが大切だ。それを何だ君たちは、いや君の師匠ときたら面倒だからとマスコミ対応を疎かにするなどと云々。
やり合うつもりはなかったのでその場は受け流したのだが、その時言われたことはずっと頭のどこかに残っていた。
だからあの時、ナマエの話を聞いて思ったのだ。
『イアイアンさんを見て、なんていうか目の前がパッとひらけたような気がしたんです』
『こんなに強くてかっこいいヒーローがいるんだ、まだまだ負けてないんだぞっていうのを、もっと広められたら良いなって思ったんです』
少なくとも目の前のこの人は、自分の働きによって何かしらの展望を見出すことができた。
だったら話に乗ってみても良いかもしれない。
(…今まで、少し視野が狭くなり過ぎていたのかもしれんな)
ナマエという人物についての印象もそうだ。
艶やかにカラーリングされた髪に、綺麗に装飾の施された爪、部屋に入るなりにっこり笑いかけてきた彼女を見て、ああ苦手なタイプの人間だと最初は思った。
ずっと前テレビ番組に出演した際に会った、剣術を視聴率集めの道具にしようとする者、ヒーロー協会と個人的な繫がりを持とうと媚びを売る者、そんな相容れない人種だと決め付けていた。
しかし彼女が話した本心は、虚飾や利己心とは無縁だった。
真剣な表情は愛想笑いなどよりもずっと魅力的で、気持ちの変化の裏に『もっとこの人と話がしたい』という単純な動機が少なからずあったことは否めない。
――もっともそれは、オカマイタチが勘繰っているような意味あいではないが。
心の中で誰に向けたものかわからない言い訳をし、イアイアンは一人咳払いをした。
はらはらと細切れになった葉の欠片が舞い落ちる中、静かに納刀の動作を行う。
体が温まるのと同時に、頭の中も整理がついた。
もう決めたことだ。
あとは落ち着いて取材に臨めば良い。
「…しかし、写真撮影の件はどうするかな」
ただひとつ、答えの出ない問題に頭を悩ませながら、イアイアンは道場へと戻っていった。